リヒター/フォトペインティング/ウォーホル

64年から65年頃の、フォトペインティングを制作している時期のゲルハルト・リヒターのノートから引用。

《人やものをデッサンするときは、プロポーションや正確さ、抽象やデフォルメといったことに意識的になってしまう。写真を描き写せば、そんな意識は遮断される。自分のしていることがわからない。私の仕事は、「レアリスム」よりずっとアンフォルメルに近い。写真には、ある独自の抽象性があって、それをみぬくことはそう簡単ではない。》

《写真は描かれることによって、もはや特定の状況についての伝達ではなくなり、そこで描写されたものは不条理でばかげたものになる。絵画として、それはあるべつの意味、別の情報をもつのだ。》

《おそらく、写真はこんなに完璧な映像なのに、なんとも哀れな存在でしかないことが、私にはいたたまれないので、写真を効果的で目にみえるものにしたくなるし、とにかくつくりたくなるのだ(たとえ、そこでつくられたものが写真に劣るにしても)。そして、つくるとは、私にとって理解できず、思考できず、計画できない行為である。だから、たえず写真を描き写しつづけるのだ。それは、写真の背後にはなにも隠されておらず、写真を描きうつすことしかできないからである。あることがらをあまり支配せず、これほどまでに身を委ねること、それが私を刺激するのだ。》

《もし、私の絵画がもとの写真とは異なっているなら、それは私の意志、造形的意図によるものではなく、技法によるものである。そしてこの技法は、私の意図や影響のおよぶ外にある。なぜなら、モデルや写真や絵画と同じように、この技法そのものが現実だからだ。》

《写真を描きうつすとき、それは仕事のプロセスにすぎないのであって、それが私の世界観を特徴づけているわけではない。つまり、生の現実のかわりにその複製を、セコハンの世界を提示するという意味で、写真を描きうつしているのではないのだ。私が写真を利用するのは、レンブラントがデッサンを、フェルメールがカメラ・オブスクーラを利用したのと同じである。》(『写真論/絵画論』より)

「あることがらをあまり支配せず、これほどまでに身を委ねること」ができるから、写真をただそのまま描きうつす。このとき、描く主体としてのリヒターは限りなく小さく縮小して、あるイメージを別の場所へと移行させる媒介としての、描く身体としてのリヒター、純粋な画家の身体と化したリヒターがたちあがってくるのだろう。そして、このときほとんど非人間的な描く機械と化したリヒターの身体を貫いているのは、ある種の無機的な「死」の感覚であると思う。ここで言う死とは、生を暴力的に中断させるもの、生きるものに必ず訪れる終点としての死ではなくて、生と死との差異にほとんど意味がなくなってしまうような、生も死もともに包み込んでのっぺりと広がる、荒涼とした場所としての死のことだ。死に重大な意味があるのは生きるものにとってだけであって、例えばもっと客観的な、物理学的な世界においては、ただ物質の結合や離散が果ても無く行われているに過ぎない。そのような即物的な場所という意味での死。生きている有機体である人間の身体のなかに、それとは全く別のシステムである「即物的な死の世界」が駆け抜けてゆくこと。そのような即物的な世界こそが、「モデルや写真や絵画と同じように、この技法そのものが現実だ」と言うときに「現実」と呼ばれているものなのだろう。そしてリヒターのフォトペインティングに昏い輝きを与えているのは、おそらくこのような「即物的な死」の感覚なのであって、決して、西洋絵画のあらゆるテクニックをとっかえひっかえ使って、絵画の不可能性を言い立てるようなシニカルな態度によるものではないし、ましてや、ボケた写真をそのまま描き写したときの曖昧な輪郭が醸し出すある種の柔らかな「感性」などにあるのではない。

れに近い感覚を、ぼくはウォーホルからも感じる。ウォーホルがモンローやジャッキー、あるいは自動車事故現場の写真などのイメージを、シルクスクリーンで無造作に全く無意味な反復をさせるとき、そこにあらわれてくるのは消費社会の象徴でもポップ・アイコンでもなく、人間にとっての意味や人間の意志に関わりなく存在するシステムの全くクールなあり方でありそのシステムの作動であり、人間が構成する現実の外にあるような現実の姿であるように感じる。(大げさに言えば、それは取り留めのない宇宙的な広がりさえ感じさせる。)それは人間にとっては全く冷たくて苛酷で取りつくシマもない、とてもじゃないけどそんな場所には住めないというような、そんな世界(即物的な死の世界)で、彼の作品は我々が住んでいる場所の薄皮一枚隔たった所にあるそれにふと肌が触れてしまうような恐ろしさがあるのだ。ウォーホルはちっとも「ポップ」な作家ではない。