02/02/06

●歯が痛い、のではなくて、歯を抜いたところが痛い。しかし、まるで歯が痛いように痛いのだ。歯を抜いた時に傷ついた歯茎の痛み、つまり肉の痛みではなくて、神経が露出してしまった歯が痛むように、神経に直接何かがふれるようなモロな、しかしじくじくと場所を特定できない鈍い痛みが、じわじわと、寄せては返すように強くなったり弱くなったりする。痛みに耐える、と言うよりも、「私」と「痛み」が多くの部分で重なり合って混じり合い、寄せては返す痛みの増減や、じく、じく、じく、という痛みの脈動とともに、「私」の輪郭も増幅したり縮減したり、波立ったりするようだ。痛みによる苦痛の頂点で、それがふと気持ち良さに変わりそうな気配をみせるのだけど、でもそれは気配だけで、また苦痛の方へと着地する。昔から何度も治療をして、何度も削っては詰め、神経を抜き、被せたりしていた奥歯が、ぼろぼろになっていて、ほとんど根の部分だけが残っているという状態になっていた。歯医者は、別にこのままでも構わないのですが、と言うのだが、ついでだから抜いてもらうことにした。しかし考えてみればぼくは今まで永久歯を抜いたことなど一度もなく、歯を抜く、ということを、子供の頃の乳歯を抜いた時の感覚で考えていて、大したことはないだろうと思っていた。だけど、がっしりと歯茎に埋め込まれしがみついている歯の根を抜くことからして大変な大仕事で、何やら色んな機具を使って歯の根を砕きながら、歯茎から掘り起すように根の断片を引き抜くことのくり返しで、痲酔が効いているので特に痛いということはないものの、口をあけっぱなしで顎がだるいという状態で、何だか大変なことになってるなあ、と思うののだった。いろいろな機具を突っ込まれているので、舌は特に血の味を感じはしないし、血の匂いも鼻孔を上ってはこないのだが、口を濯ぐ時に口から出てくる血の量が予想外に多いのに少し驚く。黒々とした赤が排水口へと流れ込む。粘りのあるヨダレが垂れる。かなりの時間の格闘の後、傷口にとても刺激の強い味の消毒液が塗られ、傷口が縫合されて治療は終わる。この時点ではまだ痲酔も効いていたし、歯医者も細工が細かいのに大変な重労働だなあ、なんてほとんど他人事みたいな感想をもっただけだったのだが、この後しばらくしてから痛みはやってくるのだった。