02/02/13

●空一面が薄くて白い雲で覆われていて、その雲のなかを通過してくる日の光がそのなかで乱反射して拡がり、空全体が白く輝いているように見える。図と地が逆転して、空とは白く輝く拡がりであって、わずかに覗いている青い部分は、青い雲がかかっているのだ、という風に見える。濃い桃色の花をいっぱいにつけた紅梅は、その幹の部分の樹皮までも、内側からしみ出してくるような桃色に染まっている。
●(昨日につづいて、小林正人について。)小林正人の作品は、その一枚で絵画の始まりと終りとを同時に体現してしまったような、その一枚に歴史上のあらゆる絵画を含み込んでしまっているような特別な作品である『絵画=空』を例外として、そのほとんどが「広々としているけど閉ざされている空間」を感じさせるものだと思う。描かれている対象が、りんごだろうと、天窓だろうと、アトリエの空間だろうと、横たわる人物だろうと、かげろうのようにふらふらと立ち上っている何だかよく分らないものだろうと、また、画面に薄い絵具がサラッとのっているようなものだろうと、分厚い絵具がまるで皮膚か肉と化しているようなものだろうと、そこに現れているのは、がらんとした大きな空洞のような、とても広いのだけど決して外部とは繋がっていない閉ざされた空間なのだ。そしてその空間のどこか一箇所に、外から射しているのでも、それ自身が発光しているのでもないような、ある「明るさ」が、どこからともなくそこに集まってきて、留まり、たゆたっているような「明るい場所」があるのだ。この、外から光が射しているのでも、自身が発光しているのでもない「明るさ」、光が集まり、留まり、たゆたっているような状態こそが、小林正人の作品が、フレームが壊れ、表面が波打ち、裏返ってさえいても、まぎれもなく「絵画」としか呼びようのないものにしている。
光が、集まり、留まり、たゆたっているような状態と言って思い出されるのは、例えばマティスの1930年代に描かれた油絵作品だろう。(そう言えばマティスも、決して開かれた風景=自然を描く画家ではなく、基本的に、人工的に構成された空間=室内空間を描く画家であるように思う。マティスの色彩や光は、小林正人のものよりずっと開放的ではあるのだが。)マティスの『桃色の裸婦』と呼ばれている作品や『夢』と呼ばれている作品(共に1935年制作)は、形式的な斬新さや緊張感などでは確かに10年代に作られた作品とくらべると随分とおとなしくなったと言えるのだろうが、その色彩、特に輝くような桃色の肌の素晴らしさは本当に驚くべきもので(こればっかりは図版などでは再現不可能で、「実物」を観るしかないのだが)そこにはまさに「ある明るさがそこに留まっている」としか言えないような色彩であって、ある明るさがそのままある色彩であるような状態なのだ。勿論、絵画というのは実際には、光を反射することによって可視化されるものであるのだが、『桃色の裸婦』や『夢』においては、その表面に当った光のうちのいくらかが、半透明の絵具の層を通過して基底材であるカンバスの白に達し、その白によって反射された光が再び絵具の層を通って我々の目に届く訳なのだが、その絵具の層のなかを光が通過する時に、ほんのわずかの間、留まり、たゆたい、乱反射することが、あの驚くべき色彩を可能にしているのだろうと思う。ごくごく薄い層を通り抜ける光の、ほんの一瞬とさえ言えないわずかな逡巡やズレや混濁が、色彩にこの世のものとも思えない表情を与えているのだ。つまり、光が集まり、留まり、たゆたう場所というのは「絵画」という場所のことであって、言い換えれば絵画というメディウムによってはじめて、光が集まり、留まり、たゆたうことが可能になるのであり、絵画というのは「ある明るさ」を捕獲し、そこに留めておく装置なのだ。だから小林正人の絵画においても、ある「明るさ」の集まる場所というのは、ただキリスト教的な超越的存在を表象しているというのではなくて、絵画が、絵画だけが成し得る奇跡的な状態を体現しているということであって、小林正人はそのために、絵画という装置を限界ギリギリのところまで酷使しているということなのだと思う。