シュウゴアーツで辰野登恵子・展

●昨日、シュウゴアーツで辰野登恵子の絵(http://www.shugoarts.com/jp/tatsuno.html#top)を観ながら、ああ、久々に辰野登恵子だなあ、と思った。この馬鹿な感嘆は、たんに辰野氏の個展が4年振りだということを意味するのではない。正直言って、90年代以降の辰野氏の作品は、作品の方向性やその構築についても、そして(主に色彩の)趣味にしても、ぼくには良く分からない、ついて行けないという感じのものになっていたからだ。それが、今回の個展では、ぼくが知っている(あくまで「ぼくが」良いと思っている、ということなのだが)辰野登恵子のペインティングになっていて、「この感じ」の絵が観られるのは、ずいぶんと久しぶりだなあ、と思えてとても嬉しかったのだ。シュウゴアーツのホームベージには、展示されている作品のうちの何点かが掲載されていて、事前にそれを観た時には、唐突にあらわれたとも言える具象的形態(積み重ねられた箱やくり抜かれた下駄箱のような形態)の出現に、ややとまどい、これって最近の「若手」の画家の作風への妙な擦り寄りなんじゃないのか、などと邪推したりもしたのだが、実物を作品を観れば全くそんなことはなくて、重たく重ねられた絵の具の質や色彩も、意図的に座りの悪い位置にどーんと置かれた形態や、積み重ねられ反復された形態が、フレームの限定をずらしてゆくような画面の構築の感じも、まさに頑固なまでに辰野登恵子の絵以外の何者でもなくて、導入された具象的な形態によって必然的に出現する3次元的なイリュージョンにしても、もやもやした背景の前に妙にギラついた色彩の中途半端にボリュームのある形態が描かれる90年代中盤以降の作品などよりも、ずっとすっきりして、辰野氏独自の色彩や絵の具の感触もよく見えるし、作品全体の構造は、すっきりしていると同時に(すっきりしているからこそ)一層複雑化してもいる。一見、シンプルに3次元的なイリュージョンが成立しているように見えて、絵の具の塗りや色彩、反復していたり、中心をくり抜かれていたり、あるいは、バランスの悪い位置にどーんと置かれていたりする形態の配置などによって、視線を向ける(視線の中心になる)部分を移動させるたびに、前後関係は入れ替わり、視線の移動とともに常に画面が動きつづけるようになっている。しかし何よりも圧巻なのは、時間をかけて何層も塗り重ねられた油絵の具によって実現される、分厚く、粘っこい質感をともなった独自の色彩が発する(ちょっと鬱陶しいくらいの)「圧力」で、90年代の作品ではこの絵の具の厚さが自己目的化して重たくなったり濁ったりしてしまっているようにぼくには感じられたのだが、今回展示された作品では、全体がすっきりした分、この「色圧」(というのは岡崎乾二郎パステルによる作品のタイトルだけど)の効果が一層際立って感じられるのだ。特に、『Rose 1/3』(http://www.tamabi.ac.jp/alt/alumni/2005-1/20050124.html)というタイトルのついた作品は、どう考えてもバランスが悪いとしか思えない不思議な形態の入り方(観ていると知らないうちに首を傾けたりしてしまう)と、その何とも言えない絵の具=色彩の触感で、いくら観ていても飽きないのだった。(なお、辰野氏の初期から90年代までの作品の図像は、辰野氏のホームページ(http://www.kohjiogura.com/tatsuno/)で観られます。)
●展覧会を観て、部屋に帰ってから、95年に国立近代美術館で行われた辰野氏の展覧会の図録をめくり返して観ていたのだが、改めて「絵って面白いなあ」と感じられた。(これもまたバカみたいな感嘆ではあるけど。)特にぼくが好きなのは、この図録の最初に載っている「WORK 86-P-1」というタイトルの作品で(この作品も辰野氏のホームページで観られます)、この作品には絵の面白さがびっしり詰まっている。辰野氏は、この後「WORK 86-P-1」とはやや異なる方向へ作品を展開してゆくのだが、「WORK 86-P-1」に似た、という言い方は良くないのかもしれないが、それと近い感触の仕事をしていた人に、朝比奈逸人という画家がいる。それで今度は、同じ近代美術館の「形象のはざまに」(92年)という展覧会の図録をぴっぱり出して来て、朝比奈氏の作品を観た。80年代から90年代前半にかけて、バブルを背景にして日本では妙に「絵画」が流行った時期があって、この時期多くの人が「絵」を描いていたのだけど、この時期に描かれた多くの絵が、今観ると作品の面白さよりも先に「時代」を感じさせてしまうところがあるのだが、朝比奈氏の作品は、今観ても、というか、今観た方が当時よりもさらに、面白いものなのではないかとぼくには感じられる。朝比奈氏は確か、90年代中頃まで、早稲田にあったギャラリー・ギブリという画廊で毎年個展をしていて(「形象のはざまに」の図録の間に、ギャラリー・ギブリの展覧会の案内状が数枚挟まっていた)、ぼくはずっと観ていたのだが、それ以降は、少なくとも関東近圏で展示をされたという話を聞かないのだけど(朝比奈氏はたしか大阪在住)、また是非観たいと改めて思うのだった。(確か、有楽町の東京国際フォーラムのどこかに、朝比奈氏の作品が設置されているはずなのだが、それは見たことはないのだった。)