プラザ・ギャラリーで、中垣直美・展

●仙川(京王線)の、プラザ・ギャラリーで、中垣直美・展(http://www2u.biglobe.ne.jp/~plaza-g/2005/nakagaki/nakagaki.html)。
●例えばマンガやイラストレーションのように、はじめから印刷されることを前提に描かれる絵の場合は、その「原画」が必ずしもオリジナル作品というわけではないだろう。むしろ、印刷されたものこそが「作品」であり、原画は、その作品制作のプロセスの一段階だとさえ言える。それは、版画の「版」そのものが作品ではなく、刷り上がったものが作品であることと同様だろう。しかし絵画の場合、画家によって実際に手が入り、描かれたものが「作品」である。それは「実物」が直接観られることが前提とされてつくられており、つまり、その作品がたちあげるイメージの質は、たんに視覚的な図像だけによって成立するのではなく、その作品を構成している物質そのものの質、その組み合わされ方、それが組み合わされる順序、と不可分なものとして成立しているからだ。写真に撮られ、印刷された絵画は、その図像や色彩がいかに忠実に再現されていたとしても、まず、大きさが違うし、その作品を物質的に支えている基底材が違うし、絵の具そのものが違うだけでなく、絵の具の重なり方(順序)が違う。これを、オリジナルとコピーみたいな問題として考えると本質を見失う。画家にとって、その作品が(アウラを、つまり正しい来歴をもった)唯一のオリジナルであることが問題なのではなくて(イメージとは常に反復であり表象であるのだから)、そのようにしてしか(つまり「実物」を示すことによってしか)実現できないような、あるイメージの質(厳密さや精度や複雑さ)を求めているからこそ、仕方なく、そうするしかないのだ。
(余談だが、だから、美術で「本物」を観ることが音楽で言えばライブで、画集などで観ることが、録音され再生されたものを聴くことに相当するという考えは間違っている。絵は、美術館に置かれた時点で既に描かれていて、つまり、既に演奏され、録音され、調整され、保存されているものであって、それはCDなどとかわらないだろう。作品とは、何かを反復させ、保存するものであるという意味で、データが記載された媒体と、それを再生させる装置が一体になったものなのだと言える。そこで発生する「何か(イメージ)」は既に反復であってオリジナルではない。ただ、その反復=再生装置が世界で一個しかないということに過ぎない。)
●前置きが長くなったが、中垣直美の絵画作品は、まさに、そのような「実物」を示すことによってしか得られないイメージの質を獲得している作品であるように思う。外から光が射し込み、その光の舞う室内に、顔のない人物や手の表情だけが、その場に残留している記憶のように、今にも消え入りそうな希薄さで浮遊し、風に流されているかのようなその希薄な人物のイメージは、室内に空気と、その空気の流れや流れる方向性を生み出している。そのような図像的なイメージと、それが、木枠が透けて見えてしまうくらいの薄さと、白とは言えないグレーがかった(生成りの)色彩をもつ「綿布」の上に、その綿に染み込むような薄塗りの、軽く光沢をもたされた絵の具(光沢は膠によってもたらされているのかもしれないが)で、抑制された色調によって「実現」されていることが、分ちがたく結びついているのだ。なにより、これらの絵画では、屋外から射してきて室内を循環する光とその表情が(絵の具の白や、その他の明るい色によってではなく)、生成りの綿の地の色(と質)によって表現されていることが、作品に独自の質をもたらしていると思う。勿論、これらの作品を写真で観ても、ある程度の感性のあり様というか、「こんな感じ」というのは掴めはするだろう。しかしそれは、その複雑さや精度という意味で、全然足りないものでしかないのだ。特に今回展示された作品は、薄い綿布の後ろに透けて見える木枠の縦の線と、描かれたイメージの、室内の角をあらわす縦の線とが、決してあからさまでもあざとくもない、慎ましくかつ緊密な関係で響き合っているし、透ける程に薄い綿布の上に描かれた、これまた透けるほどに薄くて軽い白いカーテンが、風に舞ってふわっと浮き上がる描写は見事で、何とも言えない表情をかたちづくっている。(中垣氏の作品では、基底材そのものの持つリテラルな表情と、その上に「描かれた図像」の表情とが、きわめて複雑に響き合うのだが、今回の展示作品では、それが一層緊密に絡み合っているように思う。)さらに、画面のなかに散らばる「手」の、何かに触れようとするかのような表情が、中垣氏の作品において重要な「布の手触り」の感触を強く想起させるとともに、まるで矢印のように画面のなかに運動の方向性を生じさせ、それによって画面空間のなかで、風が舞い、吹き抜けるような感じを生んでいると思う。
(中垣直美・展は、仙川のプラザ・ギャラリーで7月の18日まで。水曜休み。以前の中垣氏の作品については、「ここhttp://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/nise.a.1.7.html」の04/10/22や、「ここhttp://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/yo.23.html#Anchor5550979」などでも書いています。)