狭い一方通行の通り...

●狭い一方通行の通り。車の流れが滞りがち。赤や黄色や緑のネオンが、点滅し、回転し、ビルの壁面を埋めている。その光を、渋滞する車の車体が反射する。高くて細いヒールで靴音を大きく響かせて歩く人。キャスター付きの鞄をゴロゴロと転がす人。手に持ったビニール袋をゆらゆらと揺らし、ガサガサと音を立てる人。大きな荷物を持った、髪とヒゲを伸ばし放題の男が、強い臭いを発しつつ、ゆっくりとした速度で移動する。建物の出入り口の前でたむろしている集団(飲み屋から出てきたらしい)。笑い声。大げさに手を叩く音。イナバウワーッ、と叫ぶ声。そしてまた笑い声。見上げると、雲ひとつない晴れた空は、フラットな濃紺。ざわめきは、電波の受信状態が悪いラジオの音のように不安定にゆらぎ、大きくなったり、小さくなったり、近くに感じられたり、遠ざかっていったりする。カレーの匂い、生ゴミの臭い、パンを焼くような香ばしい匂い、小便の臭い、唐辛子の匂い、汗の臭い、香水や化粧品の匂い、排気ガスの臭い。もさっとした風が 流れる。腹と背中に、X字に交差する黄色の蛍光色の縞のついた作業着を着て、ヘルメットをした男が、ライトバンから取り出した脚立とロープとを肩にかついでビルの裏手に入ってゆく。紺色のもっさりとしたジャンパーを着ている五十代くらいのおっさんが、ぼくを指差し、頷きながら近づいてくる。背景にあるネオンが眩しくて、表情を読み取れない。軽く緊張する。兄ちゃん、兄ちゃん、このへんにサウナないか。サウナですか、確か、ここ、もう少し先まで行くとあったと思いますよ。ここの先ぃ、どっちだ。右側です。右か、そうか。さっき、イナバウワーッと奇声をあげていた集団がいつのまにかバラけて、左右に散って歩き出していた。遠くから、電車が発車するベルの音が流れてくる。しかし、その音はいつまでも途切れずに、ずっと聞こえつづけている。どこかのビルの非常ベルなのかもしれない。