風景

●ホテルのロビー。母親と子供がふざけあっている。子供が両掌を垂直にたてて、そこに母親がパンチをうつ真似をする。二発、三発とうつ。今度は逆に、母親が掌をたて、そこへ子供がパンチをうちこもうとする。母親はパンチを誘うように見せて、子供がパンチをうつと、瞬間、掌を巧妙に避けるので、子供のパンチは空を切り、子供は体勢を崩す。子供は母親のそのふるまいの意外さを最初は面白がって、上機嫌になり、調子に乗って、おどけたようにさらに次々とパンチを繰り出すのだが、母親はそれをも巧みに避けてしまうので、子供は徐々に機嫌が悪くなる。母親の顔を見上げ、「なんで」という表情をつくって訴え、あらためてパンチをうつ。空を切る。もう一度うつ。空を切る。子供は妙な奇声をあげ、地団駄を踏み、さらにやみくもにパンチを繰り出す。母親はそれを流すように軽くいなす。子供はとうとう泣き出す。母親は仕方なく子供を抱き上げ、どうしたの、なに泣いてるの、おかしいよ、と言ってなだめる。
●終電が出た後に駅の近く。煌煌と光りを放つ自動販売機に向かって、何かぶつぶつ喋りながら、泥酔した中年の男性が、靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、ズボンを脱いでいた。周囲の人たちは、横目でそれを見つつ、関わりにならないように、そこに何も見なかったかのように通り過ぎてゆく。脱いだズボンを手に持ったまましばらくぶつぶつとつぶやき続ける男は、ふと、手に持ったズポンの存在に改めて気づいたようで、なんで俺はこんなものを持っているのだという感じで、それをまた履こうとする。しかし酔っているので身体のバランスが悪く、なかなか上手くいかない。片足を突っ込み、もう一方の足を突っ込もうとして、ころん、と転んでしまう。(しかし、受け身をとったかのような、上手い転び方だ。)転んで横になった体勢で、ズボンをようやくうまく履くことが出来た。立ち上がって、チャックを上げ、ベルトを締めようとしたところで、何かを思いついたようで、何故かまた、ズボンを脱ぎ始める。ズボンを脱ぎ、それを傍らに放り投げる。そして、脱ぎ散らかしてあった靴下を拾って、それを(よろよろしながら)履く。靴下を履いた自分にようやく満足した様子で、そして改めてズボンをひろって、それを身につけようとするのだった。