『ロッカーのハナコさん』の後半

●ビデオで『ロッカーのハナコさん』の後半(13話から24話)を観た。前半を観てから随分間があいてしまった。しかしこれはとても面白いドラマで、ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』の非常にうつくしいヴァリアントとも言える。(このドラマの制作者たちが『ベルリン・天使の詩』を意識していたであろうことは、舞台となる会社のエントランスに置かれている時計塔のデザインなどからうかがえる。)このドラマは通して観ると六時間にもおよんで、映画だと大作ということになってしまうけど、テレビドラマで、1話十五分で、二十四回連続というかたちだと、様々な展開を細部まで充分に描き出しつつも、あくまでも気楽に観られる「ちいさなお話」という印象の作品となる。外側から決定される「時間の形式」の重要性というのを最近かなり感じていて、それは例えば、『未来少年コナン』と、スタジオ・ジブリの映画作品との違いとか、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の、テレビシリーズと映画版との違いなどに、それが顕著にあらわれている。ぼくはビデオで通して観てしまったのだけど、これをテレビの放送時に観るとしたら(必ずしも放送時間に観てなくて、録画して後から観るにしても)、毎晩十五分ずつ分けて観る訳で、その間には、昼間、学校や仕事に行ったりする時間が挟まっており、そのような日常の時間を過ごしつつ、毎晩、風呂上がりのビールを飲みながらとか、ぐったりと疲れて半ば眠りそうになりながらとか、時には友達と電話なんかしつつ横目で観たりしているわけで、『ロッカーのハナコさん』だと、一週間に四話、六週連続で放送されたらしくて、つまりこれを観ている人は、六週間の間、自分の人生を過ごしつつ、夜の短い時間をこのドラマとともに過ごし、このドラマの世界に六週間もの時間留まっていたということになる。勿論、あくまでささやかでちいさなお話であるこのドラマの世界に、六週間もの間どっぷり浸かっているなどということは考えにくく、むしろ、普段はほとんど思い出しもしないで、観ている時も気軽に流すように観ているのだろうけれど、そういう十五分が(間に何度か、用事があったり忘れていたりして見逃す回もありつつ)六週つづく、というなかでしか得られないものがあると思うし、このドラマは、そのようにして観られるにふさわしいようにつくられていると思う。(週に一度、1時間という民放の普通のドラマ枠とも違う、ウイークデーに、番組と番組との繋ぎみたいな感じで、毎日十分か十五分放送されるというNHKのドラマの枠は、「形式」としてみてもとても面白いように思う。映画だと、九十分から三時間くらいの間の時間で、しかもそれを一気に観せるという形式的な前提があって、それに縛られているところが大きい。それに対して、例えば「亀虫」シリーズの短編連作の「形式」的な面白さがある。)