ジム・ジャームッシュ『ナイト・オン・ザ・プラネット』

ジム・ジャームッシュ『ナイト・オン・ザ・プラネット』をDVDで。かなり久しぶりに観たけど、こんなに面白かったかと驚くほどに面白かった。ジム・ジャームッシュの映画を、物語を語る形式として見ると、ミニマリズムのようにも見えてしまうかもしれないが、「目に見えるものの組み合わせ」によって何かを語ろうとするものだと見れば、極めて過剰で豊穣な世界だと思う。ほぼ同じ設定の物語が、五つ重ねられることで見えて来るのは、まず何よりもその間にある微妙な違いであろう。五つの都市を走るタクシーの、それぞれの車種というか、その外観の違い、そして、その車内の空間の微妙な違い。(車内のほんのちょっとした「広さ」の違いや細かなニュアンスがこんなにはっきり見えるのは、同じ設定が反復されているためだろう。)そして、俳優たちの身体的特徴、顔、服装、仕草のそれぞれが、組み合わせ=関係づけられ、対比されることによって、よりくっきりし見えてくる。それぞれのエピソードに登場する、それぞれの人物たちが、それぞれ特徴を持っていて、それらが、(同一エピソード内での)タクシーの車内という同一空間内で組み合わせられたり、あるいは、異なるエピソードでの同じ役割(例えばタクシー運転手とか)として重ねあわされたり、あるいは、どのエピソードにも共通する仕草、例えば「タバコを吸う」仕草が、各エピソードのどのタイミングで、どのように現れるかなど、それぞれの登場人物がもつ「違い」が、様々な位相での「同じ」位置において組み合わされたりする。それぞれに異なる「見えるもの」が、(同一エピソード内の)同じ空間、(異なるエピソード間での)同じ役割、同じ位置として対置され、それによって対応関係のネットワークが形作られ、その関係によって、それぞれの「違い」が、それぞれ固有のものとしてくっきりと立ち上がって来るのだ。それぞれがくっきりと際立ちつつも、複数重ねられていることで、その「違い」が「違いそのものの重なり」として、ざわめきのように立ち上がりもする。
ここで、様々な「見えるもの」の違い(固有性)は、登場人物の固有性に必ずしも所属し、従属するものではない。この映画において、人物の固有性は、様々な「見えるもの」の折り重なりの交点としてあるようなものだろう。タクシーの外観やその大きさ、車内空間は、タクシー運転手のあり様を幾分か表現しつつも、しかしまた、タクシー運転手の外観や仕草こそが、そのタクシーという一つの移動する空間の一部であり、それを表現するものの一部としてある。そのような意味で、この映画で圧倒的なのは、五つの都市それぞれであらわれる(「見えるもの」の雑多な複合としての)「風景」だろうと思う。この映画においてタクシーとは、普段接触することのない複数の人物たちを同一の空間において「組み合わせる」ための、一時的な、仮の、緩いフレームとしてあると同時に、風景のなかを移動することで、風景を立体的に捉え、あらゆる「見えるもの」の根拠として(イメージの発生を触発するものとして)ある、その「場所(環境)」のあり様を捉えようとしているとも思える。(風景から産み出されたものとしてあるタクシーが、その風景を見つめる。)二つ目のニューヨーク篇で、最後に一人になって道に迷った東ドイツ出身のタクシー運転手が、ニューヨークの圧倒的な風景を前にして、ただ、ニューヨーク、ニューヨーク、と呟くしかなかったように、この映画の観客もまた、あらゆる「見えるもの」のざわめきを、ただ目から呼吸し、染み込ませるようにして観るしかない。
だが、この映画で面白いのは、ただ雑多な「見えるもの」たちによる感覚的な過剰なざわめきだけがあるのではなく、目から呼吸するように見るしかないような「見えるもの」たちを、(物語を最小限にしか介在させず、なるべく「そのまま」の形で)組み合わせ、呼応させ、対比させ、構成するための「形式」として、ほぼ同一に設定されたエピソードを反復させる、という方法が探られているところにあるのだと思う。(それは、映画の、ただ一方的に、そして規則的に流れる時間=展開に逆らうものでもあろう。)五つの異なる都市で、そこに住むそれぞれ異なる(異なる外観をもち、異なる背景を匂わせる)人物たちが、同一の役割、同一の仕草を反復しつつ、「違い」を際立たせ、ざわめかせる時、具体的な一つの場所、一人の人物、一つの風景には特定されない、(抽象化された)どこでもなく、かつ、どこでもあるものとしての(誰のもとに訪れるのでもなく、かつ、誰のもとにも訪れるものとしての)「地球の夜」という感覚が、それぞれの、「見えるもの」と別の「見えるもの」との間から立ち上がってくる。(ただ、やはりジャームッシュには、一つ一つのエピソードを「いい話」としてまとめようとし過ぎてしまうという傾向はあると思う。アメリカを舞台とした最初の二篇は文句なく素晴らしいと思うけど。)