07/11/18

●朝、目が覚めてテレビをつけると、森尾由美磯野貴理松居直美の番組が終わるところで、それにつづいて、中村うさぎマツコ・デラックスと、あと一人、ぼくは知らないのだけど、割と若い(三十前後)女性で、株のトレーダーだという人のトーク番組がはじまった。コーヒーをいれて飲みながらぼんやりと観ていたのだが、面白くて引き込まれ、最後の方ではほとんど泣きそうになるくらい感動してしまっていた。日曜の朝からこんなに凄い番組に出くわすなんて、テレビも決してバカにしたものではないと思うのだった。ただ、このスタッフがダメだなあと思ったのは、凄い会話がそこで成立しているというのに、時間がきたらさっさと話しを終わらせて、カメラをとめようとしていることで、普通だったら、番組としてどの程度使えるのかはともかく、凄い状態がそこにある限り、話が盛り上がっている限り、あるいは、出演者やスタジオのスケジュールが許すかぎり、この状態を目の前にしているのなら、カメラをとめようなんて気には、この話の腰を折ろうとするなんて気には、とてもならないはずだと思うのだけど。
話は、株のトレーダーの女性が、「バカな若い女」の典型みたいな、下らない紋切り型のことを言い、それを他の二人がぼろくそにツッコミつつ、三人それぞれの「業の深さ」が語られる、というような感じだった。このトレーダーの女性は、本当にバカのなことしか言わないのだが、それを他の二人は本気で罵倒し、かつ、トレーダーが立派なのは、いかにも恐ろしげな二人に罵倒されつづけながらも、遠慮したりめげたりなどせずに、平気でまたバカなことを繰り返し言うのだった。(マツコ・デラックスは、この女性に、あなたのいいところは空気を読めないところよ、と言っていた。)おそらく、この三人には既に親密な関係があり、そこではこのような役割(怖い先輩とバカだけどかわいがられている後輩)が既にある程度決定されているからこそのことだろうけど、それでも、バラエティ番組などであるような、お約束としてのボケとツッコミではなく、(多分に観客の目が意識されつつも)三人が真剣に話していることが伺われるのだった。
トレーダーの女性が中村うさぎに向かって、「たまにはグランドキャニオンみたいな大自然を見に行けば癒されるんじゃないですか」というようなバカなことを言い、あまりに下らなさに中村うさぎがギレて(勿論これは、多分に演劇的なもので、相手を意識した一定の抑制のなかにあるのだが、しかし同時に本気でもあるようなものだ)、「じゃあグランドキャニオンのほとりに住んでる人は悩まないのか」「そういう人だって、男がまたあの女に会いに行ってるとかいう細かいことでグチグチ悩んでるんだ」(「グランドキャニオンのほとりに人は住まないと思うわよ」とマツコ・デラックスがツッコミをいれ、「ああ、そうなの」と言い)「どんなに宇宙が広大でも、その広大さが、あたしの人生のこのつらさに何をしてくれるんだ」とまくしたてるところは感動的だった。ここで(適当に受け流すのでもなく、お説教をたれるのでもなく)年下の人に対して真剣に身をもってキレてみせる中村うさぎは、本当にエラいなあと思った。
中村うさぎの夫は、中村うさぎが生命保険に入ることを拒否しているという話。その夫は働いてなくて、中村うさぎに食わせてもらっているそうで、中村うさぎは、自分が働かないとこの男は生きていけないと思っていて、そのことが「自殺しない」ためのストッパーになっている、と、「夫は思っている」。だから、生命保険に入って、自分の死後も夫がなんとか生きて行けると思ったら、この女は自殺してしまうんじゃないか、と「夫は心配している」。という話を、妻である中村うさぎが、あくまで「夫がそう思っている」という話としてする。人間における「愛」というのは、こんなに複雑で面倒くさい形態でようやく成り立つのだった。人間の頭の中というのが、いかにデフォルトで「蝶番が外れて」いて、複雑で不安定で、面倒くさいものであるのか。そして、その事実を誤摩化さないことがいかに貴重であるのか。