08/01/19

●『日向で眠れ』(アドルフォ・ビオイ=カサーレス)。残念ながら、『モレルの発明』や『脱獄計画』ほどには面白くなかった。冒頭から、語り手の「信用出来ない気配」がありありで、やっぱカサーレスすげえ、って感じで読み始めたのだけど、物語全体の仕組みと、その語りの信用出来なさの気配とが、あまり上手く噛み合っていないように思った。最初は、語り手の信用出来なさにドキドキしながら読み進めるのだけど、そのうちに、この語り手の信用出来なさは、たんに物語を語る上での効果に過ぎないものだったのかと思えてしまう。語りの感触と、物語上の仕掛けとが拮抗していなくて、仕掛けの方が勝ってしまっていて、しかも、その物語の仕掛けそのものはそんなには面白くない。おそらく、『モレルの発明』や『脱獄計画』と共通する、カサーレス的な主題の追求と(それはすごくよくわかるのだけど)、それ以前の小説とは異なる、ブエノスアイレスの貧しい「露地住まい」の人々の描写とを、無理矢理組み合わせようとして、あまりうまくはいかなかったということだろうと思う。いや、信用出来ない語り手によって語られる、露地住まいの人々の描写そのものは、とても面白いのだけど、物語を理路整然とまとめようとする時の「仕掛け」の方が簡単過ぎて、そんな風にまとめるなら、混乱したままの方がずっと面白いのに、と思ってしまうのだ。というか、その(信用出来ない不穏な)描写の面白さをもっと追求して欲しいのに、物語の仕掛けの都合の方が優先されてしまうことが、ぼくには不満で、それによって評価が過小になっているのかもしれないのだが。
『モレルの発明』や『脱獄計画』にも「謎」は存在するのだが、ネタバレしてもその面白さはまったく揺らぐことはない。だけど、『日向で眠れ』は、読んでいる途中でだいたいネタは割れてしまうのに、作者はネタがバレていないという前提で書いていて、そのネタで引っ張れると思っている感じがつまらないのかもしれない。ただ、『モレル』や『脱獄』にはなくて、この小説にあるのが、登場人物の一人一人がかなり魅力的だという点で、主人公の家でずっと働いているというセフィリーナという老女とか、主人公の妻の姉であるアドゥリアーナ・マリーアみたいな、面白い女性像を、カサーレスは具体的にちゃんと書けるのだということをこの小説は示してはいる。アルディーニという友人も魅力的だし、何故か分らないけどいきなり入院した主人公に惚れてしまう看護婦のパウラという人物も面白いのだけど、でも、それが「物語上の都合」で設定されたようにみえてしまうところが、この小説の弱いところだと思う。(この小説の主人公はやたらと女性にモテるのだけど、そもそもこの主人公の語りそのものの根拠が分らず、その語りが信用出来ないものなので、たんにモテていると思い込んでいるだけかもしれないという、どちらか確定できないスリリングな感じがあるのだけど、最後まで読んでゆくと、結局たんに普通にモテる人だという感じで「解決されてしまっている」ところが面白くないのだ。そのとたんに、パウラという不思議な人物がたんに物語の都合であらわれた人物のように思えてしまう。主人公の語りが「信用出来ない」ものである理由が、単に物語りを語る上での意匠に過ぎないもののように感じられてしまう。主人公が時計職人というのも、ちょっとわざとらしい気もする。)
●この小説は、主人公から、古い、今では疎遠になっているはずの友人へ宛てられたの手紙という形式で書かれていて、この手紙が書かれる動機や目的(書き手がやたら切迫していることの理由)が読者にはずっと分らないことによって、この「語り」そのもの(語りの根拠)が宙に吊られて、それがこの小説の不穏な緊張感となっているのだけど、途中で、だいたいその目的が読めてしまうので、そのとたんに、物語の仕掛けばかりが前面に出て来るように感じられ、弱くなってしまうのだと思う。ただ、最後の方でちょっとがっかりするとはいえ、途中までは、かなり面白い小説であるには違いないのだ。