●帰って来ました。正確には、20日の午前二時近くにだけど、19日としておく。
新大阪から名古屋まで、新幹線の自由席でぼくの隣りに座っていた若い男の二人組は、産婦人科医なのか、それとも医学生なのか、「卵巣」「卵管」「子宮」「腫瘍」「精子」「外性器」などという言葉が飛び交うかなりえげつない内容の熱い議論をずっと交わし続けていて、かなり疲弊していてとにかくお家に帰ってだらっとしたいと思っているぼくを、とても微妙な気持ちにさせた。名古屋で降りた二人につづいてぼくの隣りに座った太った中年の男は座ってすぐに眠りにつき、思いっきりぼくの方にもたれかかってきて、リクライニングがあるんだから後ろに倒れろよ、と思って押し返してもしつこく密着してきて、体温の高い脂肪の塊がぼくの左半身に覆いかぶさって、ワイシャツの生地を通して湿気がじわーっと伝わってくる。しばらくして、ようやくこっちにもたれてこなくなったと思ったら、今度は、聞いているこちらがびっくりするような派手なシャックリがとまらなくなって、これが気になって仕方がない。このシャックリは品川を出るあたりまでつづき、何故か東京駅に近付くとピタッと止むのだった。
東京に着いて駅に出ると、大阪に比べて空気がさらっとしている気がした。新幹線の改札を出て中央線の方へ向かう。既に十二時に近い中央線のホームはやたらとごったがえしていて、放送によると人身事故の影響でダイヤが乱れているらしい。えーっ、勘弁してよ、と思うものの、中央線がトラブっているのはほとんどいつものことで、このことで、ああ、東京へもどってきたのだと感じた。ようやくやってきた、ラッシュのように混んでいる電車に乗り込むと、ほんの三時間くらい前までは、ここでなく、大阪の電車に乗っていたのだなあと思い、何かそれがとても遠いもののように、というか、今から切り離されたもののように感じられた。東京の中央線に今のっている自分と、ほんのちょっと前に御堂筋線に乗っていた自分とが、同じ自分であっても、まったく違う次元に同時に存在している分離した自分であるかのような、断絶感があった。
明日からかなり忙しいのだが、部屋に戻って、出かける前の自分と、帰った来た後の自分との間にもかなりの断絶感があって、出かけた時の位置とは微妙にズレた位置に戻ってきてしまった感じがあって、出かける以前の自分との連続性がちょっとあやうくて、すんなり「こっち側」に着陸できるのかちょっと不安だ。本は、重くない文庫本を何冊か持って行ったのだが、全く開くことはなかった。
●帰って来て、まずやったことは、5日間の間に溜まった五百件以上のメールのチェック。とはいっても、ほぼ99パーセントが迷惑メールなのだが、これが面倒くさくて、帰って早々泣きたくなる。というか、泣いてます。
●お知らせを一つ。8月28日(水)の18:30から、新宿のジュンク堂で、小説家の保坂和志さんをお招きして、『世界へと滲み出す脳 感覚の論理、イメージのみる夢』(青土社)刊行記念トークショーを行います。タイトルは、「実作すること、と、批評すること( 「世界/私たち」へと滲み出す「私たち/世界」)」です。詳細は、http://www.junkudo.co.jp/top-shinjyuku-event.html へ。あと、「古谷利裕フェア第三期」の詳細およびリストは、こちら(http://d.hatena.ne.jp/m-sakane/)でご確認下さい。
以上、よろしくお願いいたします。