●ずっとやっていた大きな用事をなんとか期限内に終わらせることが出来て、ダンボール箱二つを部屋から送り出し、少しほっとしたので、しばらく映画を観ていないし、ツタヤで半額セールをやっているから何か借りて観ようと思って出かけたのだが、ツタヤの棚の前を歩いても観たいと思う映画はまったくなくて、というか、映画を観たいという気持ちがまったく起こらなくて、じゃあ、『電脳コイル』をまとめて借りて、もう一度最初から観直そうということになって、レジへと向かう途中で『人のセックスを笑うな』が目にとまり、そういえばこれ観てなかったと思って手にとったのだが、今は、映画を観たいという気持ちがまったく湧かないので、借りても観ないでそのまま返す確率が高いなあと思いつつも、一応借りることにした。で、ちらっと最初の方だけ観ようと思ったら、そのまま最後までいけた。
●『人のセックスを笑うな』(井口奈己)。最初のカットから、夜明け前の薄明かりがあり、坂道があり、車のヘッドライトがあり、そこをけだるそうに降りてくる裸足(靴をはいてないが靴下ははいている)の女がいる。つまり、いきなり「映画」がぎっしりつまっている。次のカットでトンネルが出て来て、その次には、たった一人でいる女と対比されるように、軽トラックの狭い座席に押し込まれたいかにも「仲間」という三人が騒々しくあらわれる。ああ「映画」だと思う。しかしそれは、ぼくが既に「映画」として知っている何かの忠実な反復であって、こんなに「映画」なのは、ちょっとわざとらし過ぎるのではないかという警戒心が湧く。山道を一人で降りて来た永作博美は、軽トラックの荷台に乗せてもらうことになる。いままで座席にいた三人のうちの一人(松山ケンイチ)も荷台に移動する。カットがかわり、走り出す軽トラックを荷台にいる二人を捉える位置にカメラが移動すると、今まで夜明け前の薄明かりだった空は、一瞬のうちに早朝の光にかわっている。そしてその後にタイトル。ああこれも「映画」だと思うのだが、あまりに都合よく「映画」であり過ぎるのではないか、とも思う。靴をはいていない永作博美松山ケンイチが草履を貸すところを、ロングショットで視覚的には見せずに音だけで表現して、二人が付き合うようになった後に、「あの時のこと」を憶えているということを示すためにはじめて視覚的に見せるところなど、上手いなあと思う。このような手堅い上手さが、映画全体にはり巡らされていて、それによって成り立っているような映画だと思う(細かいことだけど、松山ケンイチ永作博美の住所を自分の掌にメモする時、途中でボールペンのインクが出なくなってしまうとか、そういうちょっとしたことがすごく効いている)。
この映画は、とても丁寧につくられていると思う。これといった物語があるわけではなく、描写だけでみせるような映画であるにもかかわらず、137分をまったく飽きさせることなく、するっと最後まで見せてしまうのは、かなりのことだと思われる。でも、だからこそ、どこか「優等生の仕事」みたいにも感じられてしまう。ぼくがこの映画にいまひとつ乗り切れなかった理由の一つに、永作博美のキャラクターにあまり惹かれなかったということもあるとは思う。というのも、美術関係の中年の女性で「こういう感じの人」って、けっこう実際にいるので、「あー、いるいる、こういう人」みたいな感じの描写が随所にあって、そこでちょっと引きぎみになってしまう(つまり、実際にいる「こういう人」にあまり好感をもっていないということなのだが)。それは、それだけリアルだということでもあるのだが。例えば、リトグラフを刷る過程とか、ちゃんとしているし(美術学校が出て来て、学生が作品をつくったりしている場面があると、「こんなのあり得ない」という描写になっていることが多くて、例えば『アキレスと亀』なんて酷かった)。ただ、松山ケンイチが美術学校の学生なのだとしたら、人の制作途中の作品を、あんな風に(紙に折り目がついてしまいそうな感じで)不用意に持ったりは決してしないと思うけど。(この映画では、永作博美は「作品をつくる人」だけど、松山ケンイチには作品をつくっている気配がまったくないところが面白い。モデルはやるけど。)
永作博美の展覧会を観に行った蒼井優が、延々とお菓子を食べ続けるシーンと、蒼井優のバイト先に永作博美が訪ねて、その後喫茶店に行く場面で、「今日はロバ来ないね」と言って窓の外を見る時の、永作博美の年齢を感じさせる(老けた感じの)横顔のカットがとても良いと思った。あと最後の方で、忍成修吾蒼井優にキスをする場面の長回しのカットでは、二人の俳優がまるで相米慎二の映画みたいに動いていて、ここはとても好きだ。
ぼくは、この映画の永作博美は人が言うほど良いとは思えないのだが、もし女性が観たら、つまり、ぼくなんかよりずっと松山ケンイチのエロティックな感じに敏感に反応出来る人が観たのなら、この映画の印象はまた大きく変わるのかもしれないとは思った。この映画は、物語的には、女性に翻弄される男性の話だけど、映画的には、女性に翻弄される男性を「女性が見る」ための映画なのかもしれない(蒼井優の位置に観客がいる?)。
●最近はずっと、映画のDVDを借りてきても、最初の五分か十分で、もういいや、という感じになってしまっていたので、最後まで通して観られたというだけで、この映画はぼくにとっては相当面白かったということなのだと思う。多分。