●原稿のことを考えながら、散歩に出る。表は予想以上にあたたかく、部屋を出てすぐ上着を脱いで手に持った。しばらく歩いて、普段と様子が違っていることで、今日が土曜だと気づく。まっすぐ続くゆるやかな坂道を上ってゆくと線路を見下ろす橋に出て、それを越えると道は右に急カーブしながら下っている。カーブと同時に両側に建って視界を塞いでいた建物がなくなって崖になり、急に見晴らしがひらける。中途半端な高台になるその場所では、ちょうど足もとくらいの高さに二階建ての家の屋根があり、それがずっと先までつづいて見える。そこではいつも、ずっとつづくどの屋根もがギラギラ光ってみえる。形や色や大きさや傾斜が少しずつ違う屋根が、重なりながら増殖するように広がっている。その屋根が途切れ、ぽっかり穴が空いたように、少年野球のグランドを含む公園の地面が茶色く見える。休憩時間なのか、青いユニホームを着た子供たちは、一カ所にわらわらとかたまっている。野球場の隣りには、鉄棒やブランコや滑り台が設置された、小さな場所があって、そこには野球少年の母親らしい人たちがたむろしている。それらを眺めながら、右へ曲がったカーブを下ってゆく。
カーブを下りきると、その公園と同じ高さになる。だが、住宅の間の道を抜けると、すぐにまた壁のような崖に道を塞がれ、右に行くか、左に行くかしなければならなくなる。右に行くとすぐに、その崖を上る階段があって、その階段を上ると風景が一変する。頻繁に上ったり下ったりする高低差の多いごちゃごちゃとした感じから、平坦な土地がずっと広がる郊外の国道沿いのような風景になる。右には行かずに左に曲がってしばらくすると、さきほど上から眺めていた公園の裏手に面した道に出る。この道も、少しずつ上っていて、進むにつれて平坦な公園とはどんどん高低差がついてくる。野球場の裏側にあたるそこには、少しばかりの何もない空いたスペースがある。隅の方にべンチが一つと、木の枝と葉に隠れて目立たないバスケットのゴールが一つある。裏手の道を進むにつれて、その少しのスペースを、ネット越しに、だんだん高く見下ろす角度から見ることになる。表からは隠れたような場所になるこのスペースにはいつも人気がなくて、今日も地面にはきれいに木の影が落ちていた。
●となりの駅まで歩いて、本屋で「文學界」を買い、メールで送られてきた、うちのパソコンでは開けないファイルをUSBメモリーに入れたものを、ネットカフェで開いて、プリントアウトして、また歩いて帰ってきた。
●『中学生日記』(山下敦弘)をDVDで。すっごい面白い。山下敦弘は「名人」だとつくづく思う。中学生の役を大人が演じる、という、下手をするとコスプレ・コントにしかならないようなものを、その抜群の描写力で、大人が子供の役をやることの違和感を残しつつも、しかし中学生が演じたのでは決してでないだろうリアリティを生み出している(微妙で、コントになっちゃってると思うところも確かにあるけど)。こういうものは、今まで一度も見たことがない、と思った。
ぼくが一番面白いと思ったのは最初の「リサイクルアート」で、これはネタとしては一番地味というか、凡庸なのだが、だからこそ山下監督の腕が光るというようなものになっている。何が凄いと言って、16人いる生徒全員にちゃんとキャラクターがあること。そしてそのいちいちがリアルなこと。このキャスティング力と描写力はとてつもない。多くの場面で、その場に16人のほとんどがいて、同時にそれぞれが何かをしているにもかかわらず、それがまったく混乱することなくカメラに収まっていて、しかも、ちゃんと16人がそれぞれの関心で、それぞれ存在しているように見えるのだ。そして同時に、クラス全体の雰囲気、というのも出ている。こんなこと出来る人、多分ほかにいないんじゃないかと思う。世界的にみても、デプレシャンくらいかも。
大人が中学生の役をやるので、全体として演劇に近い感じもあるのだが、ほんのちょっとしたカメラの位置の移動や、レンズの変化などによって、まさに映画としか言えないような瞬間もつくりだしている。こんなことが出来てしまうのか、と驚いきつつ、笑いつづけた。
●書評の原稿を何とか書いた。しかし、あと四百字弱くらい削る必要がある。