●お昼ご飯を買うために外に出た。アパートの前はゆるやかな坂道になっていて、ちょうどアパートのところで道が二つに分かれて、三叉路になっている。平日の昼間の、ほとんど人通りのない住宅街の道を、向こうから、両手に買い物袋をぶら下げたおばあさんが一人、ゆっくり、ゆっくりと上ってくる。それは、非現実的なくらいの速度の遅さなのだが、決して静止しているわけではない。そのおばあさんの動きの遅さだけで、見慣れた住宅街の風景全体が、普段とまったく異なるものに見える。思わずそのまま、しばらく見とれてしまった。というか、しばらくの間ぼくは「向こう側」に行ってしまっていた。
●新宿のジュンク堂で、柴崎友香×佐々木敦トーク。壇上にも客席にも顔見知りが多数いて、こういう場はなんか緊張する。でもそれでかえって開き直って、質問までしてしまった。磯崎憲一郎さんから、そういうことは後から柴崎さんに直接聞けばいいのに、と言われたのだが、創作上の事を直接はなかなか聞きづらいので、公的な場を借りて勢いで聞いてみた。佐々木敦さんと飲み会で同席するのは四回目くらいなのだが、はじめて普通に話すことが出来た(人見知りが激しいので)。青山七恵さんとお会いするのは三回目くらいなのだが、はじめて普通に話すことが出来た気がする(人見知りが激しいので)。山崎ナオコーラさんとはずいぶん久しぶりにお会いしたので、緊張してちゃんと話せなかった気がする(余計な下らないことを言ってしまった気がする)。鹿島田真希さんとはじめてお会いしたのだが、緊張してあまり話せなかった(人見知りが激しいので)。柴崎さんから、中野成樹さんの野毛山動物公園での公演が今週末にあると聞いて驚いた。うかつにもチェックしていなかった。いまからチケットをとれるだろうか。終電を逃し、新宿で朝まで山方伸さんとサシで飲んだ。坂本政十賜さんは帰った。
●ぼくのした質問は、「ドリーマーズ」の冒頭の場面で、初出で「マイケル・ジャクソン」だったものが本では「少年隊」にかわっているのはなんでなのか、というもので、答えは「マイケル・ジャクソンだとタイムリー過ぎた」というようなことだった。でも、ぼくはこの場面はマイケル・ジャクソンの方がずっと面白いんじゃないかと思う。少年隊だとイメージがほやけた感じになってしまう。それだけでなく、マイケル・ジャクソンと書き込まれたことには、この小説のなかで取り替えのきかない(何故とは説明できない、得体のしれない)必然性があるようにさえ思われるのだ。「クラップ・ユア・ハンズ」に書き込まれた「高野豆腐」がそうであるように。特に意味がないからこそ取り替えがきかない、というか。「タイムリー過ぎる」というのは今だけのことで、一、二年も経てば、そんなの関係なくなってしまうと思うのだが。まあ、そこにそんなにこだわるのは、ぼくだけかもしれないけど。