保坂和志「未明の闘争」二回目(「群像」十二月号)。小説のなかにぐぐっと入ってゆく感じ。主人公が、死んだ篠島の夢を妻の沙織に話し、沙織がその夢のことを誰にもしゃべっちゃダメだと言う場面を読んで、「ドリーマーズ」(柴崎友香)で、妹の夫マサオの「さっき、誰かに話しかけてた、ような気がする」という言葉に主人公が「夢で?」と問うことを躊躇する場面を思い出した。思い出して、すこし腑に落ちた気がした。
《「その夢を戸田さんとか他の誰かにしゃべったら、きっとその人も同じ夢を見ちゃうよ。」沙織は言った。「そしたら篠島さんがまだこっちの世界でさまよっているっていうのが本当になっちゃうよ。
だから誰にもしゃべっちゃダメだよ。」
妻の沙織の言うことに疑問の余地はなかった。そして私は、ベケット
「すべてを自分の伴侶として想像する、想像された、想像するもの」
というセンテンスを思い出したのだった。》(「未明の闘争」)
「ドリーマーズ」では、酔って妹夫婦の部屋に帰った《わたし》が、こたつで眠っている妹の夫マサオの隣に横になり、そのまま眠って夢をみる。その夢について、《わたし》は、妹の沙織(ここにも「沙織」が!)や友人の森ちゃん、マサオたちと話すのだが、夢に出てきた亡くなった父についての話はしない。《わたし》の夢のなかで、森ちゃんやマサオは父に話しかけていたが、《わたし》は話しかけられなかった。そして、目覚めたマサオが、自分のみた夢について一通りしゃべった後の場面。
《マサオは一気にしゃべって喉が渇いたみたいで、こたつの上に置いてあった缶ビールの残りを流し込み、まずい、と言った。それから、テーブルのほうを難しい顔でじっと見て、
「さっき、誰かに話しかけてた、ような気がする」
と言った。夢で? と聞こうかと迷っているあいだに、マサオはソファで寝ている沙織のほうを向いた。
「あっ、ほんなら、今、沙織にいろいろ聞かしたらおもろい夢見るかな? 」》(「ドリーマーズ」)
ここで、マサオがもし、話しかけていたのが《わたし》の父だったと思い出してしまったとしたら、《わたし》の夢のなかのマサオと、今、目の前にいる現実のマサオがつながってしまい、それによって父が《わたし》の夢の領域からはみ出して、《わたし》の父が《まだこっちの世界でさまよっているっていうのが本当になっちゃう》から、《わたし》はもしかしたら半ばそれを望んでいるかもしれないのだが (だからマサオにそれを聞きたいのだが)、しかし同時に、それはしては《ダメ》なことなのではないかという気持ちもあり、マサオに問うことを躊躇するのではないだろうか。