●いつになく、すっきりと気持ちよく目覚めた。何故かと思ったら、天気が良かった。外はからっと晴れていた。
●疲労して、眠くて、ようやく眠れると思って横になり、寝付きの悪いぼくとしては珍しくすんなりすっと眠りに落ちてゆき、思考が夢に覆われ、さらに深い眠りにまで下りてゆこうとするそのとき、どこから来たのか分からない、どこか遠くから訪れたとしか思えない、ほんとうに微かな柑橘系の匂いが眠りのなかに唐突にふわっと混じった。その、ほんの微かな匂いが何かを波立てた。とたんに、濃く重く立ちこめていた眠りの霧がすうっと散りだして、混沌としはじめていた意識に形を形作ろうとする動きが芽生え、潜ってきた道を浮上しはじめる気配が生まれ、ばらけたものを意識と言い得るような塊へと集約してゆく動きが動きだし、どこでもないどこかに生じた波立ちが「わたしの胸のざわめき」となって、あ、という風に感情が動き、それが、あ、これはまずいんじゃないか、という形にまで育ち、やばい、目覚めてしまう、という思いとなって結像され、目が覚めてしまった。ああ、こうなるともうしばらくは眠れないと、半ばぼんやりしながらも、明確に思った。はっきりと目覚めた直後にもまだしばらく、柑橘系の匂いは残っていた。
この匂いがどこから来たもので、何に由来するのかまったく分からない。この部屋のなかにそういう匂いのするものはないはずだし、この部屋でこのような匂いを感じたことは今までになかった。慣れ親しんだ自分のテリトリーにはあり得ない匂い。遠くにあるもののようなかすかな匂いの、馴染まない強さ。外から運ばれてきたとしか思えない。