●『アバンチュールはパリで』(ホン・サンス)のDVDが出ていたので、借りてきて、観た。これは本当に素晴らしい。ホン・サンスは、一本撮るごとにどんどんすごくなってきている。ちょっと面白い映画をつくる個性的な作家という範疇を完全に超えて、この作品では世界の真実とでも言うしかないものを捉えているように思われる。この映画を観終わってあまり時間が経っていない今の段階では、素晴らしいという以外のことはあまり言いたくない。下手なことを書くと、それによって自分が受けた感触を壊してしまいそうだ。それくらい素晴らしい。
あらゆる場面が面白いのだが(主人公の男性が立っているだけで既に面白いし、みんなから嫌われているヒロインの人物像も面白いし、わざわざフランスで撮っている意味がほとんどないというところもまた面白い)、特にすごいのはラストに出てくる夢の場面だと思った。この場面そのものが面白いということも勿論なのだが、「ここでそれを出してくるのか」ということが衝撃的ですらある。この場面がなかったとしても十分に素晴らしいのだが、この場面があることで、この映画が決して忘れることの出来ないものとなった気がする。
複数の女性の間を、無責任とも言える感じでふらふらする男性の姿が、決して重くなることのない飄々とした調子で描かれるこの作品で、しかしその軽ろやかさの裏にあって、その軽さに決して薄っぺらにならない深い奥行きを与え、作品全体の持続をも支えている、表面にはあらわれない「重さ」(人生の重さとか残酷さとかって言っちゃうといかにも陳腐だけど)の存在が、ラストの夢によってはっきりと作品に刻まれているように思われた。そしてこの夢をなんと、主人公は平然と噛み潰すのだ(しかし、決してこれを消去することは出来ないということを、なにより「この夢」自身が証明している)。
最後にこの夢が置かれるために、映画がきれいに終われないというか、今まで観てきた様々な場面に次々と想起が送り返されてしまい、二時間半ちかく見続けてきたこの映画の場面が、別の奥行きをもった別の形として再構成され、その余韻から簡単には逃れられなくなる。