●夢の話。まだそれほど遅い時間ではないのに、駅前には人通りがまったくなく、しかも街灯すらない。目を凝らして見なければ何も見えないほどに暗いのだ。足元さえあやしい。この辺りもすっかりさびれてしまった。以前は、小さなロータリーとはいえ、その周りには店がぎっしり並んでいた。毎日そこを通るのに、それまで気付かなかった、店と店との隙間をこじ開けて生まれたような狭い間口の店を、しばしば新たに発見したものだ。パン屋を、定食屋を、おもちゃ屋を、毎回のように発見した。そういう店は大抵古い店で、おばあさんが一人で切り盛りしていた。だから、ふらっと出ても、どこでも気が向いたところで食事ができた。だが、これでは食事をするところもないだろう。かろうじて、駅の構内からは華やいだような人々の声が聞こえ、明かりが漏れてくる。いつからこんなことになったのかと思いながら、かすかに漏れる光と声を感じていると、ついさっき部屋を出てきたばかりだったはずなのに、駅のこちら側に住んでいたのは二十年以上も前のことなのだということをふいに思い出した。愕然とする。何かが急速に遠ざかってゆくのだ。不安だった。ここは本当に、わたしが「そこ」だと思っている場所なのかさえ疑われる。しかも、手の中には子供がいるのだ。だが、せめてこの子には食事を与えなければという、他人から強制されたかのような思いに押し出されて、気が進まないまま駅への階段をのぼる。改札の前には土産物屋のような店があり、灯りが煌々と照らされていた。ビジネススーツにコート姿の若い男女が七、八人いる。彼らはグループのようだ。何かまともな食べ物はないかと店のなかを探していると、そのなかの一人、若い女性が、視界を遮るように視線の先に何度も顔を突き出してくる。ふざけているのだろうが、おかげで店の品物がよく見えない。しかしそれだけならまだしも、品物を探すわたしに向かって何度も何度も執拗に頭突きをしてくるのだった。