●『フィロソフィア・ヤポ二カ』第一部のつづき。
中沢新一は、個が種の否定であるということは、連続性としての種が個によって切断されるということで、連続性を切断する「刃」である(平面であり点である)個は、本質において「空間性をもたない」(と田邊が言っている)とする。個は本質として「時間的な存在」であり、それに対し種は「空間性」を本質として持つ、と。種は、テリトリー性(土地占有性)への傾向を内在させ、それは個の脱テリトリー性と対立する。そして、種のテリトリー性が個の脱テリトリー性によって「否定的に乗り越えられた時」に、時空統一性としての類が出現する、と。
《種は時間を自己否定的に潜在せしむる空間の構造を有し、個は空間を否定的に媒介する時間の構造を有する。それゆえ両者の総合としての類が空間時間の絶対否定的統一としての世界に相当することはあらかじめ推定せられるところでなければならぬ。》
対立する概念を何度もねじねじと交差させつつ進んでゆく田邊の論法は、少し慣れてくるとぞくぞくする感じ。
●ここで、時間的な個と空間的な種は、「土地の永続的占有」というエージェント(能作者)によって媒介されるという。土地の永続的占有とは「時間の空間的固定」であり、「空間の過去化」である。それによって例えば伝統というものを尊ぶ心性が出現する。遊動的な生活を送っていた集団が、何らかの理由で定住をはじめると、それまでの血縁やトーテムによる絆とは別に、一定のテリトリーに帰属するという意識が芽生える。これを田邊は例の論法で《時間の自己否定が空間に潜在せしめられることに外ならない》と書く。しかし《あるテリトリーを占有するとは、そこから他の者たちを排除することを意味している。空間の永続的占有こそが、あらゆる社会的不平等の第一の起源なのである》。《社会的不平等とそれがもたらす社会の自己分裂と、過去の状態を伝統として維持しようとする傾向が、テリトリー化とともに深まってゆくのである》。
●そして田邊は、《「類」とは「種」のおこなう空間占有を否定する、「分配の正義」への意思構造そのものなのだ》ということを言う。
《個が種の自己否定を絶対否定に転ずるによって発生するというのも、ただ一般的に種の矛盾の絶対的に否定せられ、種の質料的基体が主体化せられるということによって個が成立するという意味でなくして、種の占有的矛盾が絶対的に否定せられ、いわゆる分配の正義というごときものを基底的契機とする社会的正義の統一として種が類化せられるに即して、かかる類の成員として個が成立するのである。》
この引用部分には、田邊の考える類-種-個の関係が、かなり明確に示されているように思われる。
●次の田邊の引用は、個と国家の関係を示したもので、かなりヤバイところに踏み込みつつ、(ここまでの流れを追ってきた者とすれば)緊迫した手ごたえのあるクライマックスとなっている。
《国家は種的共同社会が個の自由自主性と否定的に統一せられた被媒介態であって、基体種を主体個によって否定即肯定せる類に相当する。それはかかる総合体として最も具体的なる統一であり、それにおいては種が止揚せられ維持せられるごとく。個もまたそれに対立しながらかえってそれにおいて具体的に自由を保持し、自主的に存在するのである。》
《国家に止揚せられた種は、個の平等化を媒介としてそれ自身も平等化せられ、種の異例を含んで一様なる人類の特殊即普遍的なる統一を形造る。》
《種に対する否定的契機としての個は我性の分立を意味するに止まり実存するものではない。これを単に否定した理性的人格の「目的の国」もまた抽象たらざるを得ぬ所以である。個人は国家においてのみ実存すると同時に、国家は個人の自主自由を媒介としてのみ国家となる。この媒介を失えば単なる民族の共同態にすぎない。》
種から滝のようにこぼれ落ちた個はたんに「我性の分立」にすぎず「実存」しない。個は「国家においてのみ」実存する。しかし国家、それぞれの個の「自主自由」を媒介にして種が自分自身を平等化するという転換を通じてのみ、国家(類)となることが可能となる。ゆえに、現在地上に存在するすべての国家は類的国家でなく、種的国家(単なる民族の共同態)にすぎない、と。だとすると、未だ「実存する」個も実現されていない、と。
ヘーゲルのようでヘーゲルでない。あらゆる力や要素が交差されつつ錯綜して出来た異様に複雑な構造体としての類-種-個関係。結論としては、「みんなちがって、みんないい」かつ「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」的なことでしょ、と言うのは間違いだと思う。そのような言い方では、ヤバイ所の近くを通ることが出来ない(ヤバイものに染まってしまうことへの十分な抵抗力がない)。ヤバイところのぎりぎり近くまで接近しつつ、ヤバイものには染まらないためにがっしりした構築物が、多分必要なのだ。
●一部については、このくらいで。