●「世界神話学:比較神話学の現状と展望」(松村一男)を読んでとても驚いたので、メモとして引用しておく。なんというか、「ここまで分かっているのか」という驚き。
http://lizliz.tea-nifty.com/mko/2011/11/post-41b0.html
●まず、松村一男によるオッペンハイマー『人類の足跡』の要約部分。
《DNA(デオキシリボ核酸)のうちには組み換えが起こらない二つの小さな部分がある。そのうちのミトコンドリアDNA(mtDNA)は母親からのみ伝えられ、もう一つのY染色体(NRY)は父親からのみ伝えられることが、遺伝子学によって明らかにされている。この二種類の遺伝子は混ざり合うことなく次世代へと変化することなく受け継がれるため、これらを用いて先祖をさかのぼり、母方と父方の系統樹をつくることができる(p16,57-58)》。
《ミトコンドリアDNAをさかのぼると19万年前のアフリカのたった一つの系統にたどりつくことがわかった。これは「イヴの遺伝子」と呼ばれる(p59)。さらに千世代につき一つの割合でミトコンドリアDNAに「点突然変異」が起こることがわかった。これによってイヴの遺伝子以降の母系遺伝子系統樹が作られるようになった。約8.3万年以降にアフリカ人には見られない突然変異が非アフリカ人の遺伝子に認められるようになる(p59-61)。つまり現生人類はアフリカで進化し、8万年前以降にアフリカを出たのである》。
《こうした研究の結果、アフリカ以外に住む現生人類はすべて10万年前以降にアフリカから移動してきた者たちの子孫であることが明らかになった。現生人類の大きな出アフリカはただ一度だけであり、男系、女系の系統ともただ一つの共通の遺伝子上の祖先をもち、それぞれが非アフリカ世界のすべての父と母となった。これは「出アフリカ説」と呼ばれる(p18)》。
《出アフリカをした女系一族の祖先L3(「出アフリカ・イヴ」)からは二人の娘NとMが生まれ、彼女たちが非アフリカ世界の現生人類すべての母となったのだが、Mの子孫のM1とNの子孫U6についてはアフリカに戻ったことが分かっている。U6は3万年前にレパントから北アフリカに戻った。北アフリカのベルベル人の系統はヨーロッパとレパントの遺伝子系統が後代に南下してきたものである。M1は最大最終氷河期と呼ばれる最後の氷河期のころ(2万年から1万年前の間)に紅海を越えてエチオピアに戻っている(p85,106)》。
●引用の最後のブロックなど、それこそほとんど神話みたいな感じだ。そしてそこから「世界神話」という構想がでてくる。
《アフリカで誕生した現生人類の祖先が基本的に今の私たちと変わらない以上、彼らが出アフリカ以前から神話を持っていた可能性や、現生人類は出アフリカ後も共通の神話を保持しつづけたという可能性は充分にあるだろう。それがどのようなものであったかを再建しようとするのが「世界神話」である。》
●そして、そのような流れにある四人の学者が紹介されるのだが、そのうちの一人、ファーマーについての部分。
《この問題の解決に向けて、ファーマーは神経生理学からのアプローチを試みている。現生人類の脳は言語使用や顔の認識、表情やしぐさから相手の感情や意図(性的シグナルなど)を読み解くことなど、高度の社会性を保持する「社会的脳」となっている。ファーマーは、この脳の発達には副産物があり、それは人間以外の生物、さらに無生物までを含んだ世界のあらゆる事象を人格化してしまう傾向で、神話はそれによって生まれると主張する。》
《では世界中の神話が似ている要素はあるけれど、完全に一致しないのはなぜだろうか。この点をファーマーは「社会的脳」は人類に普遍だが、それは脳の特定部位に特定されるものではなく各部が連動しており、しかも階層化されていて、基本的な下位の構造は成長過程において外部の刺激を取り込みつつ、より上位の構造を形成していくものであり、柔軟性に富んでいて、成長過程において完成すると考える。したがって、環境や状況によって(…)神話にも文化的刻印という形で違いが生じるというのである。》
●この、脳についての記述は、以前この日記で引用したジェフ・ホーキンスの「新皮質」についての見解と一致する。そしてさらに…
《他の類人猿が消滅し、現生人類だけ生き残った背景には高度の集団的結束を可能にする社会的脳の発達があったらしい。それには言語の発達が大きな役割を果たした。しかしそれまた言語によって自集団の結束を固めて他集団とは区別すること、他集団とは異なる独自の言語と言語文化をもつことも生み出した。生き残るためにはウソをつく能力も求められた。わけてもトリックや英知によって新しいものを生み出したり、勝利したり、獲得したりするトリックスターや文化英雄の神話は、社会的脳の副産物としての神話という見方を裏付ける。そしてそうしたタイプの神話は、各種の神話の中で最も古層に由来するものと考えられる》。
《なお、もしファーマーの考え方が正しければ、神話の発生は20万年以上前となる。つまり、旧石器時代よりはるかに古いし、それはアフリカでのこととなる。さらにこの考えは神話の起源のみならず、宗教そして神観念の起源とも関連してくる》。
●遺伝科学と神経生理学と考古学とによって導きだされるこの「20万年以上前」という数字に驚かされる。神話の起源とは、思考の起源であり表現の起源でもあろう。
●中沢新一は、『カイエ・ソバージュ1 人類最古の哲学』では、神話の起源は《少なく見積もっても三万年数千年》前だとしているが、「サイト・ゼロ/ゼロ・サイト」のインタビューではそれを大きく修正している。
《いまは少し変えていて一七万年前。というのは、ヨーロッパにおける、発掘の限界点は約三万年から四万年までなのですが、現在、南アフリカでは考古学上の発掘が非常に進んでいて、今後はより発達すると思うのですが、アフリカのホモ・サピエンスの出現は一七万年前とされます。これはミトコンドリア分析によって判明していて、一七万年から程遠からぬ時期に表現活動が始まっているはずなのです。その時点で、脳の爆発的進化が進行していますから、二一世紀の考古学がもたらすのは、一〇万年を超えた以前の表現活動についてであろうと思います。そしてその構造は現在も基本的に変わっていないであろうというのが私の仮説です。一七万年前に現われたホモ・サピエンスとわれわれは生物学的に同じ。DNA構造はまったく同じなのです。DNA構造がまったく同じであるということは、脳の構造が本質的に同一で、脳のスペックは変わっていないはずだということです。》
●このようなパースペクティブによって、いろんなことの見え方がずいぶんと変わってくると思う。