●『中二病でも恋がしたい!』、四話がすばらしかった。
●以下は、昨日につづいて「貨幣レジームの変革とベーシックインカムの持続可能性」(井上智洋)の要約。おおざっぱな要約ではなくなってしまっているけど、自分の理解のためにちょっとこまかく書いてみる。
●マクロ経済理論のモデルは長期と短期に分かれる。長期では供給側、短期では需要側の要因が分析される。前者のモデルでは、技術進歩率がプラスで価格調整速度は無限大となり、後者では、技術進歩率はゼロで価格調整速度は有限となる。しかし実際は、技術進歩率、価格調整速度どちらもプラスで有限である。そこで二つを複合して、現実に即したハイブリッドモデルを考える。
そのようなハイブリッドモデルに基づき、技術進歩率と貨幣成長率が定常状態である経済を分析すると、「貨幣量一定」の経済では、技術進歩率が高ければ高いほど失業率が高くなることが明らかになった、と。ここから先は素人の想像だが、これは、今まで生産に五人必要だった製品が技術革新で三人で済むようになれば二人は失業し、経済が全体として成長していなければその二人に再就職口はない、というイメージでいいのだろうか。
このような「技術的失業」は「貨幣成長」によって解消できる。しかしそのためには、貨幣成長が技術進歩率より常に高くなければならない。そのために「貨幣量」を増大させつづけなければならなくなる。
≪私はハイブリッドモデルを用いて、「技術進歩率以上の率で貨幣量が増大し続けなければ慢性的なデフレ不況に陥る」という帰結を導いた。我々は適切な額の貨幣発行益を積極的に財源とし続けなければならず、そのような持続的な貨幣発行益の源泉は技術進歩にある。技術進歩が存在する限り貨幣発行益を使い続けられるし、使い続けなければならない。≫
ここにも一種の循環構造がある。技術的な進歩がある以上、貨幣量を増やさなければならないが、貨幣量増大ための源泉(貨幣発行益の根拠)は、技術的進歩そのものにある、と。
●近代以前の国家には「貨幣発行益」と「税金」の二種類の財源があったが、中央銀行が設立され、中央銀行国債直接受け入れと政府発行貨幣が禁じられた。よって、近代以降、マネーサプライの大半は市中銀行信用創造によってつくりだしているということになる。≪したがって、貨幣発行益を享受しているのは、まず市中銀行であり、それから企業、家計へと不透明な形でその利益が流れていっている≫ということになってしまっている。だからこの論文ではまず、「貨幣発行益」を優先的に享受している「市中銀行」から、その権利を国家(政府+中央銀行)が奪回し、その益を国民(家計)へ透明なかたちで(直接的に)還元しなければならないということが、そのためにはどうすればいいのかが、全体を通して言われている。
●そもそも「近代」とは、技術的進歩率(あるいは自然成長率)と同じ率で資本が増大するような定常状態ではなく、そこに至るまでの「移行期」であった(ソローモデル)。移行期であればこそ、初期の資本ストックが低ければ低いほど早く成長できた。それに対し現在は、「投資機会が貧しい裕福な社会」(ケインズ)に達しており、そのような状態では技術進歩率と同程度の経済成長率しか望めない。そこで1.生産設備への投資の機会が貧しくなり、信用創造が充分にはなされず、貨幣成長が低迷するが故に不況であるか、2.信用創造で増大した貨幣が、設備投資ではなく土地や株などに投機的につぎ込まれることによってバブル状態であるか、どちらかであるような時代になっている。
≪不況から脱却するためには、マネーファイナンスの重要性を政府が認識し、国民に公言し理解を求め、実際に国債を積極的に発行し、また日銀に買い入れさせる必要がある。ただし、今の貨幣レジームの下でそれを実施すると、諸々の問題が発生する。したがって、いずれは貨幣レジームそのものを変革していかなくてはならない。しかしながら、日本経済にそれを待っている余裕はなく、マネーファイナンスは今すぐにでも大々的に実施されなければならない。≫
●とはいえ、現在可能なマネーファイナンス(日銀の国債間接引き受け)では、景気回復とともにバブルを引き起こす可能性がある。現行の貨幣レジーム下では、日銀が発行した貨幣はまず市中銀行が手にし、ついで企業、家計という順になる。よって、家計が消費需要を増大させる前に、市中銀行から貸し出された資金で企業が株式や土地に投機し、バブルとなる可能性がある。バブルは市中銀行信用創造によって簡単に作り出される。
●そこで、理想的な貨幣レジームがとして次のものが提案される。それは、中央銀行が発行した貨幣が直接家計へと給付され、そのような形でしか紙幣が増大しない(信用創造が禁じられる)ようなレジームである。市中銀行信用創造を禁じられ、中央銀行は目標となる物価上昇率を保つように、完全にマネーサプライをコントロールできる。銀行本位の貨幣レジームから国民本位の貨幣レジームへ。
≪もし、一人当たり月々3万円の給付がなされるとしよう。そのような3 万円は貧困層にとっては消費に向けることのできる多大な恵みの雨となるが、富裕層にとっては資産運用に向けるためのあまりに微々たる資金源にしかならない。それだけで、バブルが引き起こされるとは考えにくい。
別の言い方をすれば、銀行や富裕層などの一握りの経済主体に貨幣を集中させると、バブルが引き起こされやすくなるが、多くの貧困者を含む国民の間に広く薄く貨幣をばらまく分には、バブルの発生傾向はほとんど高まらず、それでいて消費需要を増大させられるのである。≫
国民本位の貨幣レジームは、1.貨幣発行益配当、2.100%マネー経済、3.インフレターゲティング、という三つのファクターからなる。
●1.貨幣発行益配当について。前述したように、技術の進歩がある限り貨幣量を増大させ得るし、また、させなければならない。そして増大分の益は国民に配当されるべきものだ。貨幣発行益の源泉が技術の進歩であるなら、それは個人的な力であるだけでなく社会的な力である。技術は、現在を生きる研究者や技術者の努力によって進歩するのだが、それはそもそも先人の残した知識の集積を基礎とする。研究者や技術者はその努力に相当する見返りを得るべきだとしても、その基盤となる先人たちの遺産や技術を互いに伝え合うネットワークの部分が支える利益は、特定の誰かのものではなく、国民全体が先人に感謝しつつ分け合うべきものである。
≪そうであるにも関らず、これまで貨幣発行益を最も確実に享受してきたのは、銀行という特権的な集団である。≫
≪例えば、我々は住宅ローンとして、銀行から融資を受けることがある。それは本来ただで受け取ることのできる貨幣である。個人に融資する際にも、銀行は信用創造を行い貨幣を増大させる。≫
信用創造を禁止すれば、銀行が融資している分に相当する貨幣を国民はただで手にすることができる。我々は本来我々のものであるはずの金を受け取る代わりに、銀行から金を借りてあまつさえ利子まで払っている。我々はそろそろ、我々自身のあまりのお人良しぶりに自ら呆れる時が来ているのではないだろうか。≫
●2.100%マネー経済について。銀行による信用創造が禁止された経済では、法定準備率は100%であり、預金残高は準備預金の残高と等しくなる。ハイパワードマネーとマネーサプライも等しくなる。ならば銀行の業務はどうなるのか。
≪既に色々な案があって、特に私はこだわりがないのだが、例えば「普通預金」と「定期預金」とを明確に分けて、前者は利子がつかず単なる金庫の役割しか果たさず、後者は企業への貸し出しに回され利子がつく代わりに必ずしも元本は保証されないという形にすれば良い。≫
●3.インフレターゲティングについて。先のハイブリッドモデルによる分析では、有効需要不足による失業を解消できる物価上昇率はゼロではなく数パーセントであり、一般にも適切な上昇率は2%だといわれる。そのような物価上昇率を目標として中央銀行がマネーサプライの量を調整する。現行のレジーム下ではそれは困難だが、理想のレジーム下では、マネーサプライの量を完全にコントロールすることが出来るので、インフレターゲティングの導入は理にかなう。
●このような貨幣レジームは、ケインズ『一般理論』でダグラス少佐と呼ばれている人物のものと似ている。しかし、ダグラスは「信用の社会化」という考えがあり、これまで市中銀行が行ってきた企業への貸し出し業務を「国家信用局」のような公的機関に独占的に担わせるべきただとする。しかしこれは、銀行に限定した社会主義的計画経済ということになり、うまくはいかないであろう。
●ここまでで全体の三分の二くらい。この後、ベーシックインカムについての考察になる。