●お知らせ。「新潮」二月号に、津村記久子『ウエストウイング』の書評(「媒介が思考し、関係が対話する」)を書きました。同じ津村さんの本で、前に「群像」に書いた『とにかくうちに帰ります』の書評(「関係のなかで関係が考える」)のつづきにもなっています。
●「現代思想」に載っているメイヤスーを読む前に「慣らし」という感じでネットで拾った「形而上学とエクストロ=サイエンス・フィクション」というテキストの邦訳のPDFを読んでみたのだけど(まだ、一度ざっと読んだだけだけと)、これがすごくおもしろい。というか、こんなに自分の感じにぴったりと近いフィクション論は読んだことがなかった。メイヤスーはぼくの書いた小説を読んでこれを書いたのではないかというトンデモ妄想を抱いてしまいたくなるほど、「そうそう、ぼくはまさにそれがやりたいんだよ」ということが明確に書かれていて驚いた。最後に「実例」として『銀河ヒッチハイクガイド』や『ユービック』がでてくるのが、感覚的にもすごく納得できる(昨日の日記で「ヒッチハイク…」について書いたばかりだったのでさらに驚いた)。いやでも、こんなに明確に言語化さてしまうと、逆に困ってしまうともいえるのだけど。
このテキストは東京都現代美術館の「アートと音楽」展に関連するものらしい。
http://www.mot-art-museum.jp/music/FlorianHecker-textjp-121023-fix1_2.pdf#search='%E5%BD%A2%E8%80%8C%E4%B8%8A%E5%AD%A6%E3%81%A8%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%3D%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3'
●「日経サイエンス」の2011年10月号に、量子的な重ね合わせの状態が物理的にマクロな系、しかも生物の体内で実現していて、それが生物の機能の一部として働いているという例が報告されていた。いや、こんなすごいことがあまり話題になってないのは何故なのか。「シュレーディンガーの鳥」という記事。
●まず基本的なところから。なぜマクロな系では量子状態が維持されにくいのか。デコヒーレンスについて。V.ヴェドラルという物理学者が書いた記事より。
≪現在、古典力学量子力学と同等だと考えている物理学者はほとんどいない。世界はあらゆるスケールにおいて量子力学に従い、古典力学はその便利な近似値にすぎないというのが大方の理解だ。マクロの世界では量子効果は見えにくいが、それは大きさ自体のせいではなく量子系どうしの相互作用の仕方に原因がある。≫
《現在の科学的知見によれば、この世界が古典力学に従って動いているように見えるのは、物体がその周辺環境と相互作用し、量子力学的な効果を覆い隠しているからだ。(「シュレーディンガーの猫」において)猫の生死に関する情報は、光子や熱伝導によって、ただちに周辺環境に漏れてゆく。「生きている」と「死んでいる」といった二つの異なる状態の同時実現(業界では「重ね合わせ」と呼ぶ)は、量子力学でしか起こり得ない現象だが、同時に極めて壊れやすい。そして情報の漏れは、状態の同時実現が消える「デコヒーレンス」と呼ばれる課程を起こす決定的な要因だ》。
《一般に大きな物は、小さな物よりデコヒーレンスを起こしやすい。物理学者たちが普通、量子力学について「ミクロな世界の理論だ」と言ってすませているのはそのためだ。だが情報の漏れは、遅らせたり止めたりすることもでき、そうすれば量子力学の驚くべき現象が表にでてくる。》
●次に、生物のなかで量子的重ね合わせ状態が機能している例の一つ。緑色硫黄細菌の光合成。石崎章仁という学者の書いた記事から。
《2007年にフレミングらは、緑色硫黄細菌において、光合成の最初のステップで働く色素タンパク質複合体の中の色素の励起エネルギーが、相反する状態を同時に実現する「量子的重ね合わせ」を保ったまま輸送されることを見いだした。エネルギー移動はそれまで、複合体の中に生じたエネルギー準位の勾配に従って色素間を古典的に拡散すると考えられていたが、実は複数の色素が全体として異なるエネルギー状態を同時に実現する重ね合わせになり、そのエネルギーが振動する波のように色素から色素へと移動してゆくことが実験で明らかにされた。
量子的な重ね合わせはわずかな刺激が加わっただけで崩れてしまい、外界から隔絶された系でないと見られないというのが、それまでの物理実験の"常識"であった。生物のように暖かく、湿っていて、攪乱だらけの環境の中で重ね合わせ状態が長時間保たれていることは、驚きをもって受け止められた。》
●これはすごく驚くべきことだと思うけど、その反面、量子的重ね合わせ状態が光合成において「どう機能するのか」という点をみると、それはすごく地味な感じなのだ。量子状態によってSF的にすごいことが起こっているのではなく、ごく地味に機能しているというところが逆におもしろいと思う。
集光アンテナで捕獲された光エネルギーが、色素分子の電子励起エネルギーに変換されて、反応中枢と呼ばれるタンパク質に運ばれ、それが光合成の最初のステップとなる。その過程で、色素分子1から2、3へとエネルギーが運ばれる時の機能が説明されていた。
《色素1が受け取ったエネルギーは2、3と移動するが、実は1と3にはエネルギー準位差がほとんどなく、普通なら熱ゆらぎによって3のエネルギーは容易に1へと戻ってしまう。だが実際には2の準位が高く、坂を上る形になるため逆流は起きない。そうすると1から2への移動も同様の理由で起こらないのではと思われるかもしれないが、1と2は強く量子もつれになっているため、そうした古典的描像は当てはまらない。エネルギーは量子的な重ね合わせによって障壁を乗り越え、2へと移動できる。一方、2と3の間の量子もつれは弱く、ほぼ古典的な関係なので、エネルギーは坂を上れない。》
すごく普通な感じ。とはいえ、ここで、エネルギーの整流機構が、量子的機構と古典的機構のバイロジカルとして成立しているところがおもしろいと思った。