●窓を開けていると、裏の駐車場で人が喋っている声が、部屋のなかで机に向かって椅子に座っている背中のすぐ後ろから聞こえるかのように聞こえてくるので、分かっているはずなのに何度も「はっ」として振り返ってしまう。窓を開けっ放しにする季節になって、ああ、そういえば去年も…、と思うのだった。
●引用、メモ。『量子の新時代』(佐藤文隆井元信之尾関章)、第二章の井元信之へのインタビューより。エンタングルメント(量子もつれ)について。この説明はイメージとしてとても掴みやすい。すごくよくわかったような気にはなれる。
《いま、読者のみなさんの目の前に一個の電子があるとします。その電子の位置は、x軸、y軸、z軸の3次元空間で表すことができます。
電子が一つのとき、量子力学シュレーディンガー波動方程式が描き出すのは、この3次元空間を伝わる波です。空間内のaという場所で波の振幅の二乗がどうなっているかが、電子がaに見いだされる確率を表します。》
《大きな水槽を用意して、右の端からAという波を、左の端からBという波を起こします。Aの波もBの波も、だんだんと水槽の真ん中に近づいてくる。そして、ぶつかる。このとき、AとBの波の高さはどうなっているかというと、ちょうどAの高さとBの高さを足したものになっています。これがいわゆる「波の重ね合わせ」です。
さて、ここで量子力学の電子の波に話を移して、aというところでぴんと立っている波と、bという場所で立っている波、cで立っている波の三つがあったとしましょう。これらが重なり合うと、それは「aという位置にある」状態と「bという位置にある」状態と「cという位置にある」状態の重ね合わせということになります。》
《電子一個の位置を表すのは、3次元空間で足りました。では、二個の電子の位置を表すときはどうでしょうか。「3次元空間を二つ用意する」という考え方もできますが、物理学者はそうせずに「6次元空間がひとつある」と考えるのです。すると、6次元のなかで、二つの電子の位置をまとめて一つの点として表すことができるようになります。同じように、三個の電子の位置は「9次元空間が一つある」、四個の電子では「12次元空間が一つある」と考えます。電子がn個のときは「3n次元空間が一つある」ととらえるのです。このようにして、「電子1が位置1に、電子2が位置2に、……電子nが位置nに見いだされる」という状況を3n次元空間の一点で表すことができます。
シュレーディンガー方程式が描くのは、実はこの3n次元空間を伝わる波です。3n次元空間の一つの点の波の振幅(波動関数)の二乗が「電子1が位置1に、電子2が位置2に……電子nが位置nに見いだされる」確率をいっぺんに表すことになります。》
《3n次元の空間を考えるというのは、「一個一個の電子を束ねて、一つの系の中でとらえる」という作業です。このとき、それぞれの電子は、外村さんの実験でわかるように一個でも二つの状態を同時にとることができます。つまり、0と1の状態を同時にとることができるわけです。したがって、3n次元空間なら、同一の系で複数粒子の重ね合わせをとらえることができる。》
《重ね合わせとは「同一の系の異なる状態を重ね合わせる」ことですから、異なる二つの系である二つの電子の波は、ふつうなら重ね合わせることはできません。しかし、3n次元空間で表される「n個全体」の系なら、たとえば「電子1が位置1にいて電子2が位置2にいる」という状態と「電子1が位置2にいて、電子2が位置1にいる」という状態の重ね合わせを考えることはできます。この状態を、私たちのいる空間でとらえ直すとどうなるか。「電子一個の位置が決まったら、別の電子の位置も自動的に決まる」と記述されることになります。これが、すなわち「量子もつれ」の状態というわけです。》
●そして量子コンピュータについて。量子ビットが、0と1の状態を同時にとることができる、とはどういうことなのか。
《「同時にとる」というのは「0と1の重ね合わせ状態にある」ことを指していまして、測ったときに0と1の値を同時に出すことはありません。測定値はあくまでもどちらかの値が出てきます。ただ、測定前の重ね合わせ状態は、膨大な情報を抱え込むことができるんです。たとえば、電子を何個か集めてさきほどのように一つの系で表すとどうるでしょう。さきほどは「電子がn個のとき、3n次元の系が一つある」ということになりました。ところが、量子ビットが並んでいると、次元数は飛躍的に増えていきます。電子が一個のときは2¹次元、つまり「2次元が一つある」。電子が二個のときは2²次元、つまり「4次元が一つある」。電子が三個のときは2³次元、つまり「8次元が一つある」となります。電子が四個なら2⁴次元で16次元、電子が五個なら2⁵で32次元……。電子がn個のときは「2ⁿ次元が一つある」。言いかえると、量子ビットがn個ある空間は、2のn乗次元の空間となります。量子ビットがたくさん集まるほど、その空間は莫大な次元をもった、劇的に大きな表現力を備えた空間になるわけです。》
《たとえば、一億人分の「会員番号−電話番号対応データベース」を考え、それに必要なメモリーの量を考えてみましょう。一億人なら一億個のレジスター(登録用メモリーベース)が必要ですね。ある人の電話番号を知りたければ、その会員番号を番地とするレジスターを指定して、そこに格納されている電話番号を引っ張り出してくればいいわけです。
これに対し、量子メモリーでは次のような芸当ができます。電話番号レジスターはたった一つだけで十分で、それとは別に会員番号を格納するレジスターを一つ用意すればよいのです。さて、会員番号のレジスターと電話番号レジスターを次のように「量子もつれ」状態にします。すなわち、「会員番号レジスターがAさんの番号のとき電話番号レジスターはAさんの電話番号、会員番号レジスターがBさんの番号のとき電話番号レジスターはBさんの電話番号……」というように、一億個の状態の重ね合わせをつくります。これで量子データベースはできあがりです。Xさんの電話番号を知りたいときは、会員番号レジスターがXさんの会員番号になるように波の収縮を起こさせれば、電話番号レジスターは自動的にXさんの電話番号になります。たった二つの量子レジスターが従来型レジスター一億個と同じ情報を内包し、ひいては大規模な並列計算処理を行うこともできるのです。》