●ペインティング(F15号)




●『よく知りもしないくせに』(ホン・サンス)をDVDで。いや、ホン・サンスは本当にすばらしいなあと思うのだけど、どこが、どうすばらしいのかを言うことはとても困難だ。
映画監督である主人公は、映画祭で訪れた土地で古い知り合いと会い、彼の家へ招かれる。知り合いの家で飲み明かして、翌日ホテルに戻ると、その知り合いから絶交を告げられるメッセージが届いている。確かに、昨晩の再会には多少ぎくしゃくしたところはあったかもしれないが、主人公には絶交を言い渡されるような理由に心当たりなどない。
ただ、微妙なのだが、心当たりがまったくないというわけではない。知り合いの家のベッドで眠った主人公はそこで、知り合いが急死してしまい、そのあと奥さんと関係を持つという夢を見た。もし、絶交の理由として思い当たるものがあるとすればその「夢」以外に考えられない。夢が理由と考えれば、知り合いが激怒し、奥さんが主人公を避けている理由も納得できる。しかし常識的に考えて、自分が見た夢が二人に漏れているということなどあるはずがない。とはいえ、知り合いの奥さんは妙に神秘主義かぶれの人ではあった。
このような、中途半端な不確かさが、この映画の基本的なトーンのように思う。これは、まったく理不尽に絶交されたというような、強い不条理(世界との因果関係の切断)とはちょっと違う。昨日はなんとなく気まずかったし、それにあんな夢を見ちゃったからなあ……、という雰囲気程度には世界とのつながりが見出せる。主人公は、主観的には確かに罪悪感がある。しかしそれは夢であり、それが二人に知られるはずはない(それに、夢は能動的に制御などできない)。だけど、事柄の因果関係を考えるなら、それが知られたとしか思えない出来事が起こっている。
一方で不条理があり、しかしそれは、「夢が漏れた(あるいは、夢と現実は同等である)」という別の不条理を受け入れれば条理となる。勿論主人公は、「夢が漏れた(夢と現実は同等だ)」などという非現実的な前提は受け入れず、世界のなかの一つの謎(客観的にみれば、何らかの情報の不足、あるいは行き違いがあったのだろうが、限定的な視点しかもたない自分にはそれが分からない)という形で出来事を曖昧に処理するだろう。しかし、主観的な罪悪感と実際の出来事との因果的連関は(出来事の常識的な処理とは別のところで)、主人公に刻まれ、記憶の底にずっと残ることになるだろう。
この出来事は、後半のエピソードと響き合って、この映画の何ともいえない不思議な感情をかたちづくるのだが、それはともかく、このような世界との関係の不確かさの感触が、ホン・サンスにおいては絶妙に作動する。
目の前に確かに世界はあり、他者がいる。それは見えているし、触れることも出来、その因果的関連のなかに確かに自分もいる。そこには一応の秩序は認められ、まったく混沌としているというわけではない。にもかかわらず、もう一面ではそれはまったく不確かであり、自分は世界について何も知らされず、知らされないままに世界は進行していて、時間は知らぬ間に過ぎ去り、自分は無数の謎の流れに流され、ただあたふたとそれついてゆくことしか出来ない(現実上の行動もまた、夢と同様に能動的に制御することなどできない)。そのうちに記憶は澱のように沈殿する。そうであるにもかかわらず、一つ一つの出来事や他者たちは、これ以上ないというくらいの強い具体性と生々しさとともに目の前に立ち上がってくる。それは常にわたしを深く動揺させる。しかしだとしても、自分にできることは、それらを受け止め、それを受け流し、漂ってゆくことだけだ。そのようにして人生の時間が過ぎてゆく。このような感触が、ホン・サンスの映画にはあると思う。
●そういえば、『アバンチュールはパリで』も、夢の場面がすごかった。
●『小説家の作り方』。野粼まどのメディア・ワークス文庫四作目。ここまで読み続けてくると、だいたいこっちの方へ行くのだろうという風にネタの行き先が読めるようになるし、オチも、予想できた範囲から大きく逸脱はしない感じになってくる。面白いのだけど、このままの感じで行くとしたら、もうそろそろ限界というか、このフォーマットだとこれ以上のところまでは行けないのではないかという気もしてきた。
この人の小説は基本的に、トリック=小説の構造というか、トリック=作品といっていいような形式になっているから、主題について少しでも突っ込んだことを書こうとすると必ずネタバレになってしまう。主題が、トリックの「形式」そのものと絡んでいれば、小説は面白くなるけど、主題がトリックの「ネタ(オチ)」に絡んでくるだけだと、オチのためにだけある小説にみえてしまうし、そのオチも、何冊も読んでくると途中でだいたい分かってしまうようになる。
この作家は、メディア・ワークス文庫では、この後に五作目となる『パーフェクトフレンド』という作品があって、そして、デビュー作から五作目までを受けて、それらの集大成としてかなりボリュームのある『2』という作品があるのだが、この『2』がすごいということらしい(でも、『2』を読むためには前の五作を読んでおく必要があるらしい)ので、とりあえずそこまでは読んでみようと思う。