●お知らせ。明日、1月10日付けの東京新聞夕刊に、国立西洋美術館の「モネ、風景をみる眼」の美術評が掲載される予定です。「舟遊び」と「バラ色のボート」という二つの作品について書きました。
●マドリン・ギンズが亡くなったということを知って『ヘレン・ケラーまたは荒川修作』をパラパラとめくった。この本の語り手は、ヘレン・ケラーでもあり、アラカワでもあり、ギンズでもある誰か、ということになっているが、おそらく、実際にテキストを書いているのはギンズなのだと思う。アラカワの書いたもの(あるいは、他のアラカワ+ギンズのもの)とはずいぶん感触が違う気がする。多様な感覚を強く喚起させるような感じ。
●昨日のつづき。「空間はどこからくるのか」(郡司ペギオ幸夫)についてのメモ(理解のための整理)。
再帰問題が時間の問題であるのに対し、フレーム問題は空間の問題であること。
《人間がロボットに命じるには、人間にとって自明とされている、しかし未規定な前提(フレーム)をすべて予め明文化して規定せねばならない。ところが、それらフレームは、一つを明文化した途端、次が出現し、際限なく見出される。(…)つまりフレームとは、意味論的構造であり、意味であるがゆえに、異なる意味の度合い、距離や位相を持たざるを得ない。だから、フレーム問題は、原生空間なのである。》
《これに対して、再帰構造に関する矛盾(自己言及)は時間の(操作順序の)問題である。自己言及とフレーム問題を独立な問題と措定し、両者の接続を再帰構造に見出して現象を構想するときのみ、部分ごとに非同期的な時間が適用され、時間の順序を変え続ける流動が、空間をつくりだす。(…)したがって、空間は、独立に措定された二つの概念装置(ここではフレーム問題と自己言及)を用意し、接続したことで初めて出現するのであり、時間と独立に予め設定することはできない。》
《フレーム問題を再帰構造に帰着させ、フレーム問題の持つ原生空間の意味を見失うなら、再帰構造から誘導される概念――再帰的操作の順序として理解される時間――のみが得られ、空間性、非同期性という問題は決して出現しない。》
たとえばオートポイエーシスは、引用した最後のブロックのような罠にはまっている、と。よって、問題はいかにして「空間を開設する」のか、ということになる。
●非同期同調セルオートマトンとはどんなものか。
●まず、セルオートマトンとは何か。それは、セルと呼ばれる格子が一次元的に配列されたもので、各セルは1か0の状態を持つ(001011010011100…、みたいな並びが延々つづいているもの)。各セルは、自らの状態と隣接する二つのセルの状態によって、自分の状態を遷移させる。その規則は予め決定されており、各セルはすべて同時に、規則に従って自らを変化させる。たとえば、両隣が「1」で自分が「0」の時(101という並びの真ん中にいる時)は、「0→1」へと自分の状態を変え、そうでない時は変化しない、というような規則があって、それに従う。そうして作り出された新たな配列が、次のステップでまた、規則に従って状態を変化させる。それを延々つづける。その遷移の一次元配列を平面的に並べることで、時空パターンを観察することができる。
●セルオートマトンの時空配列は四つのパターンに分けられる。クラス1。時間発展の結果、すべてのセルが1または0に帰着する。クラス2。すべてのセルが何らかの振動状態に入る(あるパターンを繰り返す)。クラス3。すべてのセルがランダムに変化する(パターンが現れない)。クラス4。局所的な振動(パターン発生)とランダムな時間発展を不連続に繰り返す。つまり、1は固着化(結晶化)で、2は固定的な構造化で、3は混沌であり、4は、カオスとオーダーの臨界状態にあり、「生きている」という状態に近いものだといえる。しかし、クラス4はきわめて希にしか出現しない。
●個としてのセルの遷移の規則を二通りに「解釈する」ことができる。隣接する二つのセルに従って自分を変化させていると解釈すればそれは受動的な変化であり、自らの状態によって隣接するセルへの対応を変えているのだと解釈すれば、能動的だとも言える。これは、解釈しだいでどうとでも言えるということだ。
しかしここで遷移するタイミングにズレがあったとしたら(規則を適応し、実施するタイミングにズレがあったとしたら)、先に変化した方が能動的であり、後に変化した方がそれに従って受動的に変化したと判定し得る。
●非同期同調セルオートマトンとは次のようなものだ。(1)セルによって規則に従う(状態を変える/変えない、を決める)タイミングにズレがあり、その順番はステップごとにランダムに変化する。(2)各セルは、能動的遷移規則と受動的遷移規則の二つをもつ。受動的規則はすべてのセルで等しく、ずっと変化しない。能動的規則は最初、すべてのセルで同じで、かつ受動的規則と同じものとする。(3)各セルは、自分が両隣より早いタイミングで動く時には能動的規則を、そうでない場合には受動的規則を適応する。
そして、(4)受動的遷移を能動的遷移と解釈することによって、能動的規則を変化させる調整機能をすべてのセルがもつ。これはどういうことか。
0001という配列があったとする。そしてここでは、「001」という配列の時のみ、真ん中の「0」が「1」へと変化し、それ以外は変化しないという規則が(受動・能動とも一致して)あったとする。ここで、左から三番目の「0」が最初に動き出し、それに遅れて左から二番目の「0」が動き出すとする。まず、三番目のセルが規則に従って「1」と変化し、並びは「0011」となる。次いで二番目が動き出し、規則に従って自らを「1」へ変化させる(「0111」になる)。この時、二番目は、三番目に遅れて、三番目が「1」と変化したことを受けて(受動的遷移として)「1」になったのだが、それを「能動的遷移」と解釈して、つまり三番目が動き出す前の「000」の状態から変化したのだと解釈することで、自らの能動的規則を、「001なら1になる」から「000なら1になる」と書き換える。
このようにして、非同期性と調整規則をもつ非同期同調セルオートマトンは、受動的遷移規則がクラス1から4のどれであっても、その多くがクラス4的な挙動を示すようになる。つまりこれは、相転移する水と氷の間のような、臨界的振る舞いをしていると言える。
(臨界的振る舞いは、ベキ関数の指数「−0.1595」によって定量化できる。だから、非同期同調セルオートマトンの振る舞いがが臨界現象的だと言えることは、浸透オートマトンなどのシミュレーションによって――直観的にではなく――定量的に確かめることができる。)
●これ(非同期同調)によって、通常はきわめて特殊な条件でのみ成り立つ、相転移の臨界現象が、簡単に、頻繁に成り立つようになるということが言える。
このことの意味を思弁的実在論とつなげるために、非同期同調セルオートマトンの振る舞いを、複数の同期的セルオートマトンによって近似するという解析を考える。
●R150という名でコード化された受動的遷移規則による非同期同調セルオートマトンを複数の同期的セルオートマトンに分解する。まず、非同期同調セルオートマトンの連続した時間発展のうち二つの列(時間「t」と「t+1」)を取り出し、その変化から遷移の規則を決定する。例えば次のような二列であるとする。

010100111000101011
X1001100010100101X

左からみてゆく。一列目の左の三つは「010」で、二列目の最初は「1」なので、この部分は「010」ならば「1」となる規則だと考えられる。一つ右にずれると、「101」から「0」になっていて、これもそのような規則だと解釈する。しかしもう一つ右に進むと「010」から「0」になっていて、左の「010」なら「1」という規則と矛盾する。それをここでは、最初の規則は一つ手前までで、ここから規則が変化して、別の規則で遷移したのだと解釈する。つまり、位置によって異なる遷移規則を解釈によって導き出す。
ところで、数字の三つの並びのパターンは八種類あるが、左の二つの例だけでは、八種類のうち二種類の規則しか得ることができない(「000」や「001」…等の時、どうなるか分からない)。この不明な他の並びの場合にどうするのかは、もともとこの非同期同調セルオートマトンが持っていた受動的遷移規則に従うこととする。
このようなやり方を左隅から右隅まで繰り返すことで、非同期同調セルオートマトンを、分解し、複数の異なる同期セルオートマトンのツギハギ的な組み合わせによって近似する(おそらくこれが「空間の誕生」であろう)。
●4000のセルからなる非同期オートマトンの1ステップを上のようにして同期的オートマトンへと分解する。これによって1個のオートマトンが空間方向に連続的に適用される空間長の頻度分布が得られる。これらの頻度分布を確率分布として用い、セルオートマトンを空間方向に切り替えて、時間発展を計算できる。
この時に得られた同期的オートマトンを、一個だけ用いて時間発展させることから、その数を三個、三十個…とだんだん増やしてゆくと、数を増やすにしたがって、臨界状態を示す形に近づいてゆく。つまり、非同期同調オートマトンは、複数の同期オートマトンの並立によって近似(シミュレーション)することができる。
≪用いられるセルオートマトンの数を少しずつ増やしていくとき、密度の時間発展は、急激に減少するものや、緩やかに減少するものの間を往復し、次第に両対数で直線的に減少する、ベキ分布へ漸近していく。最終的に得られる密度時間発展のベキ分布指数は、前述の−0.1595に一致する。≫
≪こうして、非同期同調セルオートマトンで実現された時間発展が、同期的セルオートマトンでシミュレーション可能であり、臨界現象を実装可能であることが示された。それは、逆に非同期同調オートマトンに、複数の別種のオートマトンが潜在していることを示しているとも言える。≫
●≪非同期同調セルオートマトンでは、実現される臨界現象が、多様なセルオートマトンの並列計算でも実現可能であることが示された。しかしそのためには、異なるセルオートマトンの種類や切り替えのタイミング、空間方向に分節する長さなど、様々な確率分布についての知識が必要となる。実際、本稿で示したのは、まず非同期同調オートマトンを計算し、その結果から、それらについての知識を得たのである。むしろ、空間を予め与え、そこに普遍的臨界性を見出すことはできない。そうではなく、非同期同調で実現される現象、時計の流動によって遮断の流動が実現される臨界現象に、多様性が潜在している。そう考えるべきだろう。まさに遮断に直交するもの、双対性に直交するものとして、潜在性が構想される。ここにこそ、再帰構造に異質性を見出すことで開設される空間の意味があり、再帰性=否定構造、の背後にあるはずの空間を指し示すことができる。全体=一者に回収されることなく、一元論的全体を、多元論として同時に理解可能とするには、潜在性の体現者として空間を構想するしかない。≫
●これって、かなりすごいことを言っているように思うのだけど…。