●科学者でも技術者でもないぼくにとっての科学や技術への関心はおそらく、科学や技術そのものにあるというより(いや、「そのもの」にも強く関心はあるのだけど)、それによって人の生の感触(主体の構成、他者と関係、欲望や快楽、苦痛の形式、そして世界観)がどのように変化するのかというところにある。そしてそれには二つの側面があると思う。
一つは、実際に実現されている科学技術によるリアルな社会や環境の変化によって、我々の存在がどのような変質を強いられているのかということ。そしてもう一つは、可能でありそうな技術(未だ可能ではないが、まったく絵空事ではない、「できるかも」という微妙さのなかにあるリアリティ)や、常識を超える先鋭的な概念(多宇宙論とかひも理論みたいな)が、それによってもたらされる世界観(への揺さぶり)を通じて、我々の意識や欲望が「再編成」を強いられる時の、その変化のあり様ということ。
前者は、現にこうであるというリアリズム的な認識であり、後者は、未来はこうであるかもという(悪夢でもあるかもしれない)夢の領域だと言える。我々は、現状に適応するという形で自分を変化させ、同時に自ら観る夢によっても自身を変化させる。
フィクションは、この二つの側面と同時に接しており、さらに記憶とも接している。だからフィクションこそが人間の生を構成するのだし、人が生きている領域なのだと言えるのではないか。
●「みんなでつくる未来予想図」西川アサキさんから教えてもらった。
http://forevision.jp/wiki/