●四、五年生くらいの時、小学校と実家の間の通学経路に、その時になんとなく気になっていた同級生の女の子の母親がはじめたおしゃれ雑貨のようなものを売る店が突然できた。小学生の男子が興味をもつような店ではなく、ただ、学校の帰り道などに、家の方向は違うはずのその女の子を店の近くで見かけたことが二、三度くらいあって、そこを通る時いつも期待で軽くドキドキしたという以上の思い出があるわけではない。使いようのない妙な形で余ってしまった土地に強引に建てたような、「趣味ではじめた小さな店」くらいしか使いようのない半端な建物で、実際、本気で商売をしている店のようにはみえなかったし、一年ももたずに店じまいしてしまったと記憶している。その後、その建物には美容院が入ったり、また別の店になったりしたけど、どれもそんなに長くつづくことはなく、中学生になったくらいの頃には、いつもブラインドが降りていて、隙間から覗いてみても中にはガラクタがおいてあるだけの物置みたいな建物になった。
そんなことは、地元を離れている間には思い出すこともなかったのだが、地元に戻るとその建物はまだあり、その前を通ることもあるので、そういえばここは……、みたいに思い出すことになる。日常生活の圏内なので頻繁に前を通るし、特に感慨に耽るということもないのだけど、子供の頃の自分が、なんとなく「そこ」を気にしていた感じのようなものは、遠い感じではあるけどよみがえってくる。とはいえ、それもそこを通るたびにいつも、ということはない。
今日のこと。雨が降っていて昼間なのに薄暗く、傘をさしているのに荷物も多く、冷え込んでいるので体を堅くする感じで足早に歩いていて、「ここは…」という程度の感興が生じることもなくただ目的地に急ぐことだけ考えて通り過ぎようとした時、その建物の窓や入口からぼんやりと暖色の光が漏れているのが目に入って、えっと驚き、そんなことは今までに一度もなかったので、不意をつかれる感じで過去にぐっと差し込まれたようになって、自分が小学生に引き戻されてしまった感じで、狼狽えてしまった。
(建物がまだ残っているということは、ずっと使われていないにしてもそれを管理している不動産屋がきっとあって、メンテナンスというか、たまには状態を見に来る、ということはあるのだろう。たんにそういうことなのだけど、暗さや雨や寒さで周囲への関心の幅が狭まっている時にふいに予想外の感覚が別方向から侵入してきて、そしてまた、暗さや雨や寒さがその光を映えさせるのにちょうどいい塩梅だということもあって、過去から強襲させるみたいな感じになったのだろう。)