●『20世紀末・日本の美術』刊行記念イベント(メグミオギタギャラリー)に行ってきた。この本の第一印象は「雑誌っぽい」という感じで、雑誌の気合いの入った特集がそのまま書籍化したみたいにみえる。本の元になったシンポジウムは聞きに行っているのだけど、本としての新たなコンテンツで重要だと思ったのは眞島竜男と中村ケンゴによる「二つのコンテンポラリー」に関する対談だった。
(1)歴史の先端としての現在において様々な過去を歴史として配置する、という時の「現在」としてのコンテンポラリーがあり、(2)過去のある時代の(その時代にとっての)現在を、今、ここに別のウインドウを開くように生に出現させようとするという意味でのコンテンポラリーがある、と。前者がモダン-ポストモダン的なコンテンポラリーであり、後者がシミュレーショニズム的なコンテンポラリーとされる。あるいは、前者を「救済」、後者を「復活」とする、と。この見方はとても刺激的だ。
(とはいえ、モダニズム的――マイケル・フリード的――な「恩寵」というのは、復活としてのコンテンポラリーに近いし、モダニズムの非歴史的=無時間への傾倒というのも、復活としてのコンテンポラリーに近いとも思う。この場合、特定の過去の復活ではなく、いつでもないいつかの復活なのだが。)
●歴史に対する、というより、歴史を記述することに対する抵抗と嫌悪のようなものがぼくにはある。そして、ぼくのこの感じを(1)に対する疑問だと考えると、自分なりに納得できるものがある。
歴史や批評のようなものが可能だったのは、あるジャンルが村のようなものとしてあり、その村がなにか大きなもの(理念)を代表しているとみなすことが出来たからだと思う。そして、歴史や批評的記述は、その村の権力闘争(ぶっちゃけ人事の問題)と不可分なものとしてあった。村が何かを代表していると信じられたからそこ、その村人の人事も世界の何かを表現しているとみなせた。ここで、「村」という基底空間があり、そのなかでの配置として「人事」があると考えれば、(1)としてのコンテンポラリーと通じる(歴史-時間的な配置ではなく、空間的な配置だけど)。
しかし現在ではそのようなことは信じられない。ジャンルが村ではなく拡散された世界のなかのネットワークとしてある限り、あるジャンルのすべてをフォローすること、あるジャンル全体の地図を描くことは、世界中に拡散したテロ組織を一掃するのと同じくらい不可能に近いことだろう。つまり、(1)としてのコンテンポラリー(現在)の存立そのものが自明とはいえない。歴史を記述(配置)するための基底空間(現在)がもはやない。
どのような個も、ネットワークに接続している以上、自律的ではなく相互作用(相互依存)的であり、個が属する環境やコミュニティ、あるいは時代に依存する。同時に、どんな巨大なハブであっても、それは相対的にリンクの数が多い個だということでしかなく、何かを「代表する」ものではない。影響が大きいということと、代表するということとは違う。ぼくはそのように認識している。
(「代表しない」ということは、代理表象されるべき「理念」がないということと等しい。)
空気(文脈)が変われば意味も価値も変わる。しかし、わたしのリンクしている諸ネットワークの空気が変わったとしても、すぐ隣にいる人のリンクしている諸ネットワークの空気は変わっていないかもしれない。どんな人でも複数のネットワークと接続しており、たとえ空間的、世代的、階級的、関心事的、趣味的に近い位置にいたとしても、ネットワークの複合のされ方はそれぞれ異なっている。例えばTwitterで、フォロー先とフォロワーがすべてぴったりと重なる人はほとんどいないだろう。わたしに見えているもの、見えていないものと、あなたに見えているもの、見えていないものは違う。個の数だけ文脈があり、空気がある。
現在という空間に様々な過去が配置されるという前に、そもそも「現在」こそが、無数の重ならない(共有されない)「別のウインドウ」たちによってできている。と思う。
このような認識の元にいる限り、歴史や批評というものの意味は成立しにくい。歴史や批評は、そのような個々の文脈の違いをブルドーザーで地均しするように一つの粗い物語によって踏みつぶして、強引に共通する文脈(コンテンポラリー1)を作ろうとする(この時、空間=現在が配置を可能にするというより、配置こそが共空間=現在をねつ造する)。それは暴力的なものであるが、ある程度は、確かに必要悪ではあるだろう。だが、その「程度」はどんどん減少していると、ぼくは思う。
しかし、そこに大きな事件、例えば震災や原発事故、戦争のような事件が起こればどうだろう。そのとき、多くの人によって共有される「大きな物語」が出現すると言えるのではないか。だがしかし、誰にとっても大きな影響を受ける事件であったとしても、その出来事から受ける影響のありようは、個々、それぞれのネットワークのありようによって異なる。むしろ、あらゆる人に共通して作用する大事件こそが、それに対する個々の立ち位置の違い(文脈の共有の困難さ)を際だたせる。
●だけど、実際問題として、それではあまりにとりとめがなさすぎて、わたしが「現在」のなかでどのように行動すればよいのか分からなくなる。完璧な測量に基づいた世界認識を保証する地図ではなく、行動のために必要な、とりあえずの地図は必要だろう。
●初心者には複雑で難易度が高すぎて、おいそれとは近づけないゲームがあったとする。恐る恐るゲームに参加したとしても、そこで何が起こっているのか、プレイヤーはどこに向かえばよいのか、どんなところに危険やチャンスが隠されているのか、それらがあまりにも分からな過ぎて、楽しむどころか混乱するばかりだという状況があったとする。そんな時、すでにそのゲームをある程度やりこんでいるプレイヤーの残した動画があったとする。その動画を残したプレイヤーが、本当に正しい方向に向かっているのか、あるいは、そのプレイヤーのプレイによってあらわれるゲーム世界が、そのゲームにとって本質的なものなのか些末な部分でしかないのか、それらのことはひとまず分からない。それは公式のチュートリアルではないし、偉大なゲーマーの残した動画であるかどうかの保証もない。その動画が自分のプレイに奴立つという保証もない。しかし、その動画を残したプレイヤーは、何かしらの指標を、後進のプレイヤーや他のプレイヤーに残そうとしているようだということは理解できる。
『20世紀末・日本の美術』という本は、そのようなものではないかと思う。そこには、正しい歴史が書かれているわけでもないし、成功者による成功の秘訣が書かれているわけでもない。それは資料であるが、客観的な資料というより(ある個別的なウインドウから見られた)「ある経験」の集合体としての資料だろう。だけど、様々な視点から語られる「ある経験」たちは、ただバラバラに併置されるのでもないし、統合されまとめられるのでもなく、分離していたと思うと交錯したり、同調したり反発したりすることで立体化する。読者である「わたし」はひとまず、そのプレイヤーたちのプレイ(プレイの交錯や分離)を通じてそのゲーム世界の厚さや多様性を経験する。
これら諸経験は、共有されるべき正しいものとして提示されているのでもないし、過去の重要な出来事が網羅されていると主張しているものでもない。この本は、穴の空いた資料であり、不十分な案内であり、議論への刺激であり、ツッコミを待機しているボケでもある。つまりこの本は、読者に正確な読解や詳細な読み込みを要求しているというよりも、それぞれがこれを使い、これをもとに動くことを期待しているように思う。知識が不十分な者に対しては、中途半端な知識を提供することでも自ら進んでそれ以上踏み込んで調べることを誘発し、十分に知識をもつ人に対しては、この本とは違う見解を披露することを誘発する、という風に。様々なツッコミに開かれたボケであり、様々な別ウインドウを交錯させようとする媒介であり、読者に七番目の著者となることを誘っているようにみえる。
(例えば、兄に勧められて聴いたあるミュージシャンについて、いつの間にか兄よりずっと詳しくなってしまった、みたいな、そういう、触媒としての「中途半端に詳しい兄」のようなものが目指されている本だと思う。この本は、何かを完結させようとはしておらず、ただひたすらパスをしようとしている、というか。)
専門家には、間違ったことを言うことが許されないし、一定の体系性や網羅性が求められるので、このような本を書くことはできない。そして、批評家は未だ、ブルドーザーで土を均すような文脈づくりから逃れられないことが多い。しかし、そのようなものとは違う、行動の指標(とっかかり)としての歴史として、穴の空いた地図として、この本は重要だと思う。この本が、様々なツッコミを誘うボケとして有効に機能すればいいなあと思う。