●(昨日からのつづき)個人にとって、あるいは限られた集団にとって、短期的に利益になることが、システムにとって、あるいは世界全体にとって、長期的には不利益をもたらすということがある。それはつまり、長期的にみれば、短期的に利益を得たと思っている個人や集団にとっても不利益になる。自分が所属しているシステムや環境自体がどんどん枯渇していくのだから。とはいえ、それぞれのアクターは他のアクターとの間で競争状態にあるので、短期的な利益を追わないと、その場で(長期的とかいっている余裕なく)負けてしまうかもしれない。このゲームが地球環境という共有地で行われていると考えれば、ゲーム理論で言われる「共有地の悲劇」というのに似ている。
たとえば、企業にとって税金を、(1) 短期的な株主価値を高めるために最小化すべきコスト、と考えるか、(2) 道路や教育程度の高い労働者など、「企業が利益をあげることを可能にする環境」への費用を負担している社会への分配、と考えるか。タックスヘイブンは(1)の考えを極端にしたものだと言える。そしてそれは、(2)の「企業が利益をあげることを可能にする環境」(それは、システムや他者への信頼を含む)を結果として破壊する。しかし、環境は一挙に破壊されるのではなく、じわじわ枯渇し崩壊していくので、枯渇し切る手前までは「勝ち」をとっておくのが個別のアクターにとっては合理的なのか。
とはいえ、タックスヘイブンを利用するようなお金持ちたちや多国籍企業は、他のアクターとの切羽詰った競争状態にはなく、既に充分すぎる程に独占的に勝ち上がっているのだから、その利己的な行為を正当化する理屈はない。
タックスヘイブンというのは、悪いお金持ちが財産を隠していたり、悪い出所のお金をロンダリングしているだけで、まあ、それは悪い事ではあるけど自分にはほとんど関係がないと思っていたのだけど、あまりに巨大化し、複雑になることで堅牢なシステムとなったタックスヘイブンこそが、世界の貧困と格差拡大の非常に大きな要因の一つとなっていることを、『タックスヘイブンの闇』という本は主張している。下の引用は、「これ本当なのかな」と疑問に思ってしまうほどに衝撃的だ。
《国境を越えた違法な資金フローに関する最も包括的な調査は、ワシントンのシンクタンク、センター・フォー・インターナショナル・ポリシーで、レイモンド・ベイカー率いるグローバル・ファイナンシャル・インテグリティ(GFI)プログラムが行ったものだ。GFIは二〇〇九年に、途上国は違法な資金フローによって二〇〇六年に八五〇〇億ドルから一兆ドルの資金を失ったと―――しかも、その額は年率一八パーセントのペースで増大していると―――推定した。これを途上国への援助の年間総額一〇〇〇億ドルと比較すると、ベイカーかなぜ次のように断定したのかがよくわかる。「欧米のわれわれがテーブルの上で気前よく与えてきた援助一ドルごとに、われわれは約一〇ドルの違法な資金をテーブルの下で取り戻してきたのである。(…)」どこかの頭のいいエコノミストがアフリカへの援助はなぜ成果をあげていないのかといぶかるのを今度耳にしたときは、ベイカーのこの指摘を思い出していただきたい。》
●さらに、下の引用は上の文についた注の一部。これが昨日の日記で書いた「スポークスマンが、その批判者の「信用を落とすための活動」を積極的に行う」ということだろう(オックスフォードのあるイギリスは、世界最大のタックスヘイブン・ネットワーク「シティ・オブ・ロンドン」の中心だとされている、この本の著者もイギリスの人)。
《オックスフォード大学事業課税センターのエコノミストたちは、この推定値を「ひどく過大評価されている」と評して、その信用を落とそうとしてきたが、そう非難している彼ら自身の報告書は、GFIのエコノミスト(元IMFシニアエコノミスト)、Dev Karによって徹底的にたたきのめされた。》
●ちょっと現代思想っぽい文もみられる。
《この活動はどこかの法域のなかで起きるのではない。法域と法域の間で起きるのだ。法域外の「他の場所」が「どこでもない場所」になり、ルールのない世界になるのである。》
タックスヘイブンのようなものが存在してしまい、そこに世界の富の四分の一もが流れ込み、悪い金持ちと、超頭がよくて悪魔の心をもつ金融業者や弁護士ががっちりとそれ守っているという現実がある以上、リバタリアニズムという思想は成り立たないのではないかと思う。
(二十世紀において、人類滅亡の最もリアルなイメージは、大国間の核戦争だったと思う。しかし現在では、テロリストによる超強力生物兵器の使用により人類絶滅、というのが最もありそうなイメージだろう。つまりこれって、人類絶滅のリスクは高くなっているということだ。優秀な科学者が仲間にいれば、ごく少人数で世界を滅ぼせる。そしてその動機としてありそうなものが、極端な格差の拡大や貧困と不公正で、タックスヘイブン的な利己的行為がそれを増大させ強化しているのだとすると、お金持ちの利己的行為は結果として彼ら自身にとっても不利益―――世界が不安定化し人類滅亡のリスクが高くなる―――になっている。)
(まあ、彼らはその恐れがあるからこそ、宇宙に出て、お金持ちたちだけのための国を宇宙につくろうとしているのかもしれないけど。そのためにこそ、タックスヘイブンに必死でお金を貯め込んでいるのかも。)