●小鷹研究室「からだは戦場だよ2018Δ(デルタ)」(やながせ倉庫・ビッカフェ)について。昨日からのつづき。
HMD空間における三人称定位」(小鷹研理)で、「幽体離脱」は次のように説明されている。《通常では同じ空間を共有している「視点」と「身体」が空間的に分離した状態にありながら、こちら側に定位している「視点」も、あちら側で俯瞰されている「身体」も、同時に「自分」に属している》と感じられる、と。「わたし(の身体)」が、「そこ」に見いだされる。この時には、前後、上下左右など、方向性をもつ視点(一人称視点)=「こちら側」と、その---俯瞰されている---身体が自分のものであるという所有感(ownership)=「あちら側」とが、空間的に分離して両立しているということになる。そして多くの場合、こちら側の視点からも、あちら側の身体からも、主体感 (agency)は失われている。
多くのVR装置が、視点とその主体感(agency)の同期によって仮想空間への没入を促すこととは逆向きに、主体感(agency)を消失した視点と、主体感(agency)を消失した身体所有感(ownership)とが、幽体離脱のリアリティを支えているように思われる。agencyを失った視点(「わたし」が、わたしの身体をある視点から見させられている)と、agencyを失った身体(それは半ば「わたし=身体」であり、半ば「物」であるように感じられる)とによってもたらされる、まさに「くる」としか言いようのない気持ちの悪さが、幽体離脱的な経験の核にあるように思う。
(トークの時に小鷹さんは、この気持ち悪さは「既視感」を伴うものであり、自分のやろうとしていることはたんに身体感覚の拡張ではないということを言っていたと思う。この話から、たとえばホラー映画による怖さ---「怖さ」はまさに直接的に「くる」ものだ---は、既に知っているものに、まったく予想外の経路から触れられることによって生じるのではないかという話にもなった。)
たとえば、人が三人称的な空間操作(頭のなかで想像的に三次元的な立体を回転させる、というようなこと)を行っているときに活動が優勢になるTemporal-Parietal Junction(側頭頭頂接合部)という脳の部位があり、てんかん患者のその部位に電気刺激を与えると幽体離脱に似た意識体験があらわれるという。つまりそこは、通常、無意識的、潜在的にはたらいている三人称的な空間把握を行う部位であると考えられる。そのはたらきが(意識の減退などにより)顕在化した時に幽体離脱が起こるが、その部位は「わたしの意識」とは切れて自律的に働いているからこそ、その作動がagencyを欠いたものとなり、しかし、常に潜在的に働いているものだからこそ、そこに既視感やownershipが生まれるのだ、ということが考えられる。
●今回の「からだは戦場だよ2018Δ(デルタ)」において、「頭部を着脱する感覚」「重力反転大車輪計画」「軟体生物ヘッド」「Self-umbrelling」の四つが「頭部」にかんする経験を促す装置で、「手紙の錯覚」「ボディジェクト指向」「Finger Stick Illusion」「蟹の錯覚対戦」の五つが、手、および指にかんするもの、そして「脚を長く伸ばす体操」が身体の伸縮にかんするものだった。
●触れるものであり、触れられるものでもある手や指という部位は、大きな主体感(能動性)をもちつつも、敏感な触覚性により受動性を感じる部位でもある。また、鋭敏な触覚があるのと同時に、主観的視点によってその姿を視覚的に見やすい(視覚的再確認によるフィードバックが働きやすい)位置にもある。触れることと触れられることとの反転が生じやすく、触感および運動主体感と、それを(再)確認する視覚像との分離があるので、その同期による自他の混同も起きやすい。
また、両腕は、左右をクロスし、かつ、自分自身に対して向かい合うような姿勢をつくることがたやすいため、触覚的、運動感覚的な空間の認識と、視覚的な空間の認識との間に乖離をつくりやすく、そのような混乱を通じて、左右の取り違えや、自他の身体所有の取り違えのような感覚を生みやすい。
(人が、両腕によって抱え込むことのできる空間のなかには、空間の認識的にも、自他区別の認識的にも、ものすごく複雑なことが起こりえるのではないか。たとえば、誰かと正対してハグをするような時など。自分の腕の左右をクロスさせつつ、他者と向かい合って---反対向きになって---触れ、また触れられているのだから。)
おそらくこのようなことから、手や指は、コンパクト化された幽体離脱的な経験が生じやすい部位であると考えられる。実際、「ボディジェクト指向」や「Finger Stick Illusion」という、比較的シンプルな装置から、非常に強い気持ち悪さが生み出される。
ボディジェクト指向
https://vimeo.com/293061994
「Finger Stick Illusion」と「蟹の錯覚対戦」
https://twitter.com/kenrikodaka/status/1076090064910802945
(つづく)