2022/02/05

●お知らせ。VECTIONのnoteもぼちぼち更新しています。

https://note.com/vection

遺された音声データとスライドによる柄沢さんの発表を視聴した(シンポジウム「感覚の拡張と新しい美学」)。

https://kemco.keio.ac.jp/all-post/20220205/

●柄沢さんが公の場で自作についてプレゼンする時は、10年前からほぼ同じこと(スモールワールドネットワーク)しか言わないので、そういう意味では新鮮な何かがあったわけではない。しかしそれは、柄沢さんのブレのなさであり、建築家としての一貫した姿勢のあらわれだと言える。そして、10年前と確実に異なるのは、s-houseが実際に存在するというところからくる説得力だろう。

しかし、柄沢さんの理路整然とした説明と、s-houseの写真から受ける、周囲から浮き上がったあまりに突飛な姿と人工性という印象は、もしかすると少し誤解を呼びやすいとも感じられる。s-houseは個人の住宅なので誰もが訪れることができるわけではないが、実際にその場に入ると、(写真の見た目の印象とは異なるかもしれないが)空間の親密な小ささと、秘密基地的な適度な閉ざされ感がある。至るところに空いたヴォイドによって、目ではあらゆる場所が見渡せるものの、身体としては、適度に小さく閉じた空間にすぽっと包まれているような、安心感さえ得られる(それと同時に「ここ」と「そこ」との混乱が起るのだが)。この感覚を柄沢さんは「虚の不透明性」と表現している。虚の不透明性とは、柄沢さんが、西沢立衛藤本壮介妹島和世などの建築を説明するためにつくった概念だが、それをもっとも強く実現しているのが他ならぬs-houseだと思う。たとえば西沢立衛の「森山邸」について柄沢さんは次のように書く。

《(…)西沢立衛の《森山邸》を見てみよう。白いヴォリュームが立ち並ぶその平面は極めて図式的であり、訪れる者はすぐ相互のヴォリュームの位置関係が把握できる。それぞれのヴォリュームには通常ではありえないほどの大きさのガラスの窓が相互に設けられており、それぞれのヴォリュームの関係性の図式的明瞭性はその視覚的貫通によってさらに強化される。いわば訪れる者はまず最初に図式的平面と視覚的透明性によって全体像を瞬時に把握することになる。しかし、そのヴォリュームはガラスと鉄板の壁面によって明瞭に区切られており、視覚的には連続性のある空間の中で身体的には局所的に拘束されてゆく。そして身体には概念の一望性を侵蝕する不透明な感覚が次第に襲ってくる。》

《このような概念的、視覚的一望性の後に身体の局所性が到来する空間を、ロウの「虚の透明性」を反転させて「虚の不透明性」と名づけようと思う。》

「批判的工学主義」のミッションとは何ですか? 2── 「虚の不透明性」をめぐる空間概念編

https://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/722/

ここで森山邸について書かれる《(…)訪れる者はまず最初に図式的平面と視覚的透明性によって全体像を瞬時に把握することになる。しかし、そのヴォリュームは(…)明瞭に区切られており、視覚的には連続性のある空間の中で身体的には局所的に拘束されてゆく。そして身体には概念の一望性を侵蝕する不透明な感覚が次第に襲ってくる》という描写は、まさにs-houseにこそぴったりと当てはまるように思われる。虚の不透明性、つまり《視覚的一望性の後に身体の局所性が到来する空間》を、我々はそうめったに経験できるわけではない。s-houseではそれを、強く、明確に感じることができる。

(もっとも大きなコンセプトとして、スモールワールドネットワークがあるのだと思うが---たとえば桂離宮の空間はスモールワールドネットワーク的に構築されている、と分析される---その1つ下位の概念として、それを狭小住宅のような場で実現するために、虚の不透明性という概念があるのだろう。)

潜在的な視線のネットワーク/ s-house (設計・柄沢祐輔)について

https://note.com/furuyatoshihiro/n/n7dd2443dacb9