2022/07/07

●アマゾンで『俺の家の話』の一話を観た。去年、このドラマが評判だったことはなんとなく知っていたが、プロレスに興味がないので特に気にしてはいなかった(そもそも、『タイガー&ドラゴン』も観ていない)。なんとなくクリックしただけで、で、まあ、普通に面白いけど、特に強く惹かれるというわけでもなく、続きを観るかどうかはよくわからないという感じだ。

ただ、一つ、とても身につまされるというか、あー、リアルなものをみてしまったなあ、と思った場面があった。

西田敏行が、能の宗家の人間国宝で、その息子が長瀬智也。息子は父の跡を継ぐことを拒否してプロレスラーになるが、父が倒れて危篤状態になったことで、プロレスラーを引退し、父の跡を継ぐことと、父の介護とを引き受ける決意をする。西田敏行は危篤状態から意識を取り戻し、家族は在宅で西田の介護をすることになる。彼は、体は動かないが頭ははっきりしている。しかし、念のために認知症の試験を受けることにする。

なんというか、これはもう物語の鉄壁の法則で、「頭ははっきりしているが念のために…」という展開があったら、ほぼ確実に悪い結果が出ることは決まっている。「念のために…」というのはとても分かりやすいフリだ。だからここで、悪い結果が出る展開そのものには何の驚きもない。当然そうですよね…、という感じだ。しかし、この場面そのもののリアルさに、うーん、となってしまった。

まず西田は、カードに好きな数字を書くことを要求される。そしてそれはいったん伏せられ、次に、知っている野菜の名前を挙げるように言われる。彼は当初、その問題のあまりの容易さに、馬鹿にされているかのような感情をもつ。まあまあという感じでなだめられ、具体的な名前を挙げようとするが、なかなか出てこない。こんなはずはないという軽い困惑は、すぐに焦りへと推移して、その焦りもみるみる増していく。周囲にいて見つめる家族も含めて、空気が一挙にどーんと重たいものに変わっていく。苦しみながら、一つ、二つと、なんとか名を挙げるが、後がつづかない。そしてもう彼は、自分が先ほど書き入れた数字をすみやかに口にすることもできない。

死から生還した西田敏行は基本的に楽天的であり、自分の余命は半年だと上機嫌に語り、残された時間は好き勝手に生きるという。若い女介護士と結婚すると家族に宣言し、家族に対して挑発的な悪態をつくなど、いわばノリノリで怖い者なしである。その空気が一挙に変わるという意味で、この回でもっとも深刻な場面であり、話の転換点と言える。

だが、そういう物語上の配置の問題とは関係なく、見えないところで進行する知的なものの崩壊があらわになる生々しさがこの場面にはあった。この場面の西田敏行を、「めっきり固有名が出てこなくなった」自分自身の鏡のように感じてしまった。体の衰えは、はっきりと目に見えて現れ、それはもう受け入れざるを得ないような形をとってある。だが、体が衰えていると同じように、頭も確実に衰えているということを、普段はそうは意識しない。だが、固有名が出てこないというのは、まさにこういうことであり、この西田敏行と同じ状態なのだなあ、と思い知らされる。それは、みえないうちに進行する。

(この場面で西田敏行がみせる、当然できると思っていたものができないもどかしさと、それに次いで現れるショックをみて、こういうことが、今後の自分に、いったい何度訪れるのだろうか、と、少しシリアスになってしまった。)