2024-12-16

⚫︎相米慎二『愛しい女』(1985年)。初めて観た。桂木文が主演。言ってみれば、ファンが観るための、ヌードありでエロ要素強めのイメージビデオなのだが、おそらく、80年代にはまだ業界にお金があったから、そういうものも名前のある映画監督が、それなりの予算で、「作品」的な要素も強めで作るということがあったのだろう。画質の悪い当時のVHSヴィデオソフトとして発売されたものだが、クレジットをみると、撮影が伊藤昭裕、照明が熊谷秀雄となっているので、35ミリのいわゆる本編と同じスタッフで撮影されている。

若い女性(桂木文)と、先生と呼ばれるおじさんの情痴話なのだが、カメラはほとんど常に桂木文を中心に追っていて、おじさんは、ちょこちょこっとフレームの隅に映るだけという感じ。性交シーンも2回あるが、その場面ではおじさんが消えてしまって、女性一人のエアセックスみたいになる。あくまでも桂木文を見せるための作品だということだが、おじさんが実在するのかどうか怪しいという、結果として不思議な感じになっている。演出の感じは同じ年に公開された『雪の断章―情熱―』にかなりトーンが近い。

桂木文がスタイリストという設定なので、「撮影現場」が出てきて、ちょっとメタっぽい構造を匂わせもする。

60分くらいの作品で、最初の40分くらいは、正直ちょっと退屈だった。ところどころに相米っぽい演出のあるイメージビデオだなあ、と。おそらく北海道で撮影されていると思われる、北国感のとても強い場面はどれも良かったのだが。だが、ラストの20分くらいがかなり面白くなった。

まず電話のシーン。公衆電話ボックスで、桂木文が電話をかけている。彼女はジュネーブにいる誰かに電話しているようなのだが、対話の相手の向こうの人のセリフも自分で言う。この、真っ暗な雨の中での一人二役の電話・対話を、ボックスの周りを360度ぐるぐる回るカメラが捉える。相米の映画では「電話」の場面はほとんどいつでも、すごく変な撮り方がなされるのだが、そのような歴代数々の相米電話場面の中でも有数の面白さだと思った。この場面を見るためだけにでも、この作品を観る価値がある。

クライマックスでは、それ以前とトーンがガラッと変わり、おじさんが魔窟のような怪しい建物に入っていき、その魔窟の奥の奥のような場所で桂木文を発見する。この魔窟の描写が、『雪の断章―情熱―』と『光る女』の中間くらいにあって、あり得たが充分には実現しなかった、相米の別の可能性を示しているように思って興奮した。相米の作品に、チラチラとはいつも出てくる(作品世界を突き破るように出現する)、耽美的ともいえる異世界の感触が、かなり全面的に展開されるのだ(この魔窟部分で、熊谷秀雄の照明が絶対必要だったのだなと思った)。

そういえば、相米は寺山の『草迷宮』のチーフ助監督だったよなあ、と思った。こういう世界は絶対、寺山よりも相米の方が上手いし、濃いいと思う。『雪の断章―情熱―』にある、北国の奥深い暗さの感覚が、『光る女』の怪しいクラブとは違った方向で展開していけば(やはり『光る女』で方向性を間違えたのではないかと、今からみると感じてしまう)、日本の映画では観たことのない、暗くて迷宮的かつ日常的な、カーニバル世界の出現が可能だったのではないか、と、実現しなかった可能性の豊さにとても興奮した。『愛しい女』を見る限り、その実現にそんなに大きな予算は必要なかったはずなのだ。

(そしてこの暗い魔窟世界は、北海道という土地ととても深く結びついているのだなあと感じた。)