⚫︎映画版『デッドデッドデーモンズデデデデストラクション』前章。観られて良かった。こういう作品が一定数以上の人から支持されているような世界であるのならば、まだ大丈夫だと思える。
現代を生きているという感触を捉える、まさに現代的なリアリズム作品ではないかと思う。収まりどころなく乱反射する記号群。世界観の雑然さというか、世界を構成する要素の取り合わせの奇妙さと配置のアンバランスに戸惑ってクラクラするが、そこからくる、頭の整理と体性感覚が追いつかない酩酊の感覚の中に「解決されないもの」としての現代が構成される。現代的リアリズムは、社会批判じゃないし、かといって、決して現状肯定でもない。世界の不可解とわたしとの圧倒的な不均衡の中でサバイブしつつ、なんとかして、かろうじて正気を保とうとする感覚。そのような、理不尽に与えられる「解決されない複雑」さを、それでもなんとか「味わおうとする」のが「文化」というものではないか。そのような文化のない世界はぼくには耐え難い。
(浅野いにおの絵はすごくアニメにしにくいと思うのだが、そこもかなり頑張っている。)