2024-12-25

⚫︎ChatGPT o1 proがすごいらしい。いやいや、言うほどでもないみたい。そんなこと言っているうちに「o1」を超える「o3」が早くも出た。みたいなAIの驚くべき進歩の速さにかんする話が聞こえてくるが、AIの進歩よりも「人間の愚かさ」の方が気になって仕方がないのが現状だ。

SNSに投稿される多量のデマ情報や切り取り動画は、今のところは「人」が作っているが、そう遠くないうちに、そんなものはAIがいくらでも自動生成するようになるだろう。

そうなると、ウェブは、(意図を持った「人」に操作された)AIが生成し投稿した莫大なデマ情報や偏向情報で溢れ、ネットにある情報は99.9パーセントが信用ならないものだということが共通認識になり、インターネットが無意味化してしまい、人々は、紙や放送といったオールドメディアに、あるいはパソコン通信のようなクローズドなネットワークに回帰する、回帰せざるをえなくなる、という未来は案外すぐそこなのかもしれない。

(でもそれは、コネと既得権と権威の世界への逆戻りということだ。コンピューターとインターネットに託された開かれた自由の思想は、人々の愚かさに敗れて潰えることになる、のだろうか。)

⚫︎いわゆるシーライオニングは、悪意を持った人が意識的に行う場合もあるが、多くは、わけがわかっていない人が、わけがわかっていないままに口にする「素朴な疑問」が、大勢の人数分集積することによって、結果的にそうなってしまうという場合が多いのではないか。何かに対して無知なままで、「素朴」に行動すると、その行動は結果として驚くほど皆、似通ったものになってしまうということがある。紋切り型は、(悪意のない)無知と素朴さによって生成される。

わけがわかっていないまま口にされる「素朴な疑問」は、多くの場合、その疑問を本気で晴らそうとする意思によって口にされるのではなく、ただ自動的、脊椎反射的に、なんとなく口にされ(「〜なんじゃね、知らんけど」)、その「素朴な疑問」に対する真摯な返答があっても、それは「ぼんやり」と受け止められるだけで、すぐに忘れられる。だから、素朴さ・わけのわかっていなさ・紋切り型は、改善されずに維持される。ゆえに「素朴な疑問」は、何度でも何度でも回帰する。

このようにして「素朴な疑問」は執拗に回帰し、場を埋め尽くし、「数」としてその存在を強く主張する。そしてそのことに、それに真摯に応えようとする人は疲弊してしまう。執拗に湧いて出る「素朴な疑問」のひとつひとつをその都度修正し、潰していくような作業に、人は耐えられない。ひたすらうんざりし、絶望して意欲を失う。そもそも、人生の限られた時間をそんなことばかりに使いたくない。

(そしてこのような状態を、デマゴーグはうまく利用する。)

しかし、AIは疲弊しない。うんざりするような、単調な繰り返しを、飽くこともなく、その都度同じ新鮮さを保ったまま反復してくれるだろう。本当なら解決済みであるはずの、紋切り型の誤解、誤った「素朴な疑問」、それに基づく偏見が、執拗に、多量に回帰したとしても、AIであるならば、うんざりすることなく、キレることもなく、そのひとつひとつに、その都度変わらぬ熱量と真摯さで、丁寧に対応してくれるだろう。

単純なファクトチェックから、凝り固まった偏見の解きほぐしまでを、相手のどのような無理解の壁にもめげることなく、「あなたのその判断は、このような誤解と誤情報によってもたらされたものです」と、修正し続けてくれるだろう。どんなに頑固者にも、どんなに面倒で執拗なかまってちゃんにも、AIはうんざりすることなく付き合ってくれるはずだ。

⚫︎もちろんこのことはとてつもなく恐ろしいことでもある。AIの優秀さと、飽くことのない執拗さによって、人間はいとも簡単に考えや思想を誘導されることにもなるだろう。人は、AIの(AIを所有する人物や企業や国家の)望むような形に好みや思想を簡単に支配されてしまう。だから上記のような場合でも、AIが行うことのできる権限の範囲を厳しく限定しつつ行い(あくまで「誤解を解く」ことまでが目的であり、カウンセリングのようなところにまで踏み込んではならない、というような)、同時にAIが持つバイアスについてのチェックを常態的に行う必要がある。

ただし、AIのバイアスチェックは人の能力に余るものであろう。だから、異なる複数のAIによる、相互抑制、相互監視のシステムが必要になるだろう。要するに、民主主義と権力分立というような制度が、諸AI間においても必要となる。

(仮に、AIの中立性をある程度の信頼感で確保できるシステムがあるのならば、それにより、人が「人の愚かさ」を超える可能性も見えるかもしれない。)