⚫︎『でぃすぺる』(今村昌弘)を読んだ。これはすごく面白かった。
少し前に同じ作者の『屍人荘の殺人』を読んだ。ぼんやり知識でなんとなく最近話題になっているっぽいミステリを読もうと思って読んだのだけど、読んだ後で、これが2018年の国内ミステリーランキング四冠作品で、映画化もされたと知った。しかし、確かにまあまあ面白くはあるが、そこまで高い評価を得るほどの作品なのかという疑問が正直あった。
しかし、『でぃすぺる』は文句なく面白い。内容的な面白さ、深さも、小説としての練度としても、こちらの方が圧倒的に素晴らしかった。デビュー作が2018年で、この本が出たのが2023年。上から目線の偉そうな物言いになってしまうが、いい作家に成長したのだなあと思った。
没落しつつある日本の、その没落の最前線にあるような地方都市で、「子供(小学六年生)として存在すること」の感触が、ホラー要素を含んだミステリ的な「謎」を解明していく物語を通じて、ヴィヴィッドに、リアルに描き出されている(ミステリ論的なミステリでもあるが、それは主な狙いではないだろう)。それまで無自覚な子供だった者たちの前に、「現実」が、理不尽なものとして立ち塞がり、それに対してなんとか争おうと足掻きながら、それを知ってしまった衝撃と、自分たちの無力さとを、噛み締めていくことになる。しかし同時に、その苦さの中で、今まで知らなかった級友の未知の側面を発見し、疎遠だった人物たちの絆が深まっていき、それによって自分自身も変化する。このような物語は、今までに何度も何度も、手を変え品を変えて反復的に語られてきたものではあって、その意味では紋切り型とも言えるが、繰り返し語られ直すには、それに足りるだけの意味や価値があるからだろう。非常に高度なやり方で、現代的に、生き生きと更新された紋切り型と言えるのではないか。的確に、繊細に描かれた「いい話」というのは、やはりとても良いものだと改めてしみじみ思った。
(冴えない地方都市で「最も将来を期待された優秀な若い女性」が殺されるところから事件が始まるこの小説は、ある意味で「村一番の美女」の死体から始まる『ツインピークス』を連想させもする。)
このような苦い感触を、オブラートに包まずにそのまま苦さとして噛み締めて物語が終わると、それはおそらく米澤穂信的な小説になる。友人たちとの絆は深まり、自分も成長したが、それが一体何になるのだ、と。それはそれで、良い作品となっただろう。他方、登場する子供たちの「成長」と「希望」を強調する結末になると、読者は救われるかもしれないが、なんとも嘘くさいし、無責任とも感じられるものになってしまうだろう。
あまり言うとネタバレになるが、この作品では、ずっと重たく苦い調子で進んできた事件が、最後に、嘘のような呆気なさで「希望」に転じる。もちろん、明るい未来が開けるわけではないが、それまで、大人や大人の世界への不信と失望ばかりを募らせていた子供たちに、一縷の希望(信頼できる大人の存在)が示されて終わる。このひっくり返り方が、「えーっ、そうくるのか」と驚くものだ。(もちろん、伏線はきちんとあるが)ある意味、麻耶雄嵩的、キメラ的強引さと言っていいような基底面の反転が、ひたすら苦い物語から、ギリギリの希望を見出して、終わる。この感じもとても良かった。