⚫︎『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(相沢沙呼)を読んだ。まだ、ミステリ読みたい熱は続いている(感想を書くまでもないな、と思った本を間に何冊か読んだ)。とても評判の高い小説で、2019年度のミステリランキング五冠獲得とWikipediaには書いてあるし、多くの読書系YouTuberが熱く語っている。ただ、ぼくの感想としては、構築物としては立派だが、面白いかと言われれば微妙、という感じだろうか。
たとえば、読み始めてすぐに、「相沢沙呼」というイマドキ風のペンネームなのに文章から時々ふわっと「昭和のおじさんの匂い」が香ってくるのを感じて、案外感覚が古い作家なのかなあと思って読み進んでいくのだが、最後のところでこの「昭和のおじさんの香り」すらも読者のミスリードを誘うための伏線であったのではないかと気づいて、さすがに「おお」と声が出た。そのくらい「しつらえ」としてはしっかり、きっちりできている。それはすごいと思う。
ただ、最終話にいくまでの過程が、どうもいまひとつ面白くない。この作品にかんしては、最後にとんでもないどんでん返しがあるという事前情報(メタ情報)があって(帯に「すべて伏線」と書かれている)、だからとりあえず最後まで読もうという気持ちになるが、それがなければ第一話を読み終えたところで、イマイチだなあと読むのをやめてしまったかもしれない。
扱われる事件が、まさに事件のための事件としか思えず、事件そのものの面白みも薄く、謎(トリック)も驚くほどのことはなく、犯人の動機もありがちな安いドラマみたいで、ヒロインのキャラも「こういう萌えキャラいるよね」という感じで、つまらなくはないけど、そんなに面白いとまでは思えないで読んでいくことになる。
趣向としては、スピルバーグ(あるいはディック)の『マイノリティ・リポート』を想起させるもので、事件の真相を断片的な直感として把握する霊媒師のヒロインと、その断片を、論理的、因果的に組み立てる(他者、あるいは社会に対して「説得可能な形」に編集する)探偵役の主人公(男性)の二人組で事件を解決していく。とはいえ、このフィクションの枠組みそのものが、最後に崩れることになる。
(この、女性=直感、男性=論理という役割分担がそもそもどうなのか、と、まずは思うわけだが、そこへの批判も含めて、最後にちゃんとひっくり返る。)
最終話では二回のどんでん返しがあり、その一つ目は、普通に予測可能な範囲のどんでん返しなので、これで終わるはずかないと読み見進めると、もう一つ、確かに驚くべき「世界の底のひっくり返し」が起きる。
この「世界のひっくり返し」は見事なのだけど、そこでそっくり返されることになる「基底世界」の作り込みが、今ひとつ密度がないから、確かに驚くけど、驚きが浅いというのか。言い方は悪いが、最後の「反転」のために都合よく「世界」が作られているように感じられて、構造の面白さに対して、細部の充実が足りていない感じ。
別の言い方をすれば、世界の反転も含んだ「虚構世界のしつらえ」が見事に構築されてはいるのだけど、その「見事なしつらえ」を実現させているモチーフというか、作品が動機として持っている「世界への悪意」のようなものに、やや深みが足りない感じがしてしまう。アイロニーや悪意が幼い感じ、というのか。
(ある意味で、アンチ・アンチミステリともいえて、安易なアンチミステリは許さないというような気概は感じられた。)
(エピローグで、「悪意」を多少回収し、ヒロインを「萌えキャラ」へと再加工するのはどうなのかとちょっと思うが、これは悪い読後感を残さないためで、こういう匙加減はエンタメ的な上手さなのだろう。ただこれだと、二面性の単純な反転になってしまって深みが出ないように思う。)