⚫︎『名探偵に甘美なる死を』(方丈貴恵)。これは面白かった。ミステリをあまり読んでいない「にわか」が言うのも変だが、おそらく現代日本ミステリの一つの達成を示すような作品なのだと思った。こういうものがあるから、たまにミステリを読みたくなる。
ただし、前半を読んでいる時の感想は違った。かなり特殊というか、不自然で人工的な設定で、特殊で細かいルールの下で進行する話なのだが、その設定とルールを固めるというか、読者に共有させるまでの段取りが悪いというか、手際が良くない。出だしのところで小説として上手ではないという印象を持ってしまう。
さらにその特殊な設定のリアリティをどう受け止めたらいいのかよくわからない。全国の有名な「素人探偵」8人が主催者=犯人によって孤島に集められるという、いかにもと言えばいかにもな設定だけど、でも「探偵」なんて実際はいないよね、と思ってしまう。「探偵」という職業は存在するが、実在する「探偵」は別に殺人事件を解決したりはしない。名探偵はミステリの中にしか存在しない。だから現代のミステリの多くは、たまたま(あるいは何かしらの隠された必然から)多くの事件に遭遇してしまう人、あるいは、過去に大きな事件に遭遇したため警察と顔見知りの人、みたいな人が「探偵役」を引き受ける形になるだろう。でもこの作品の世界では、全国に「有名な素人探偵」が複数存在することになっている。まず、この「あり得なさ」、現実とは別のルールの世界を飲み込むというハードルが一つある。
さらに、この主催者=犯人の「動機」が、「探偵的な活動をする人への恨み」というもので、ある意味で概念に対する恨みみたいな感じで、そのような恨みを持つに至った具体的な経緯も描かれるが、それもとってつけたような感じで、動機のレベルでもリアルではない。あまりにも「ジャンル内のお約束」を当然の前庭にし過ぎているように感じられてしまう。
「メルカトル鮎」くらいにぶっ飛んだ「銘探偵」であればリアリティも何もないが、微妙な「あり得なさ」の上に乗っかっているストーリーを「受け入れる」ための心もちを作るのがちょっと難しい。
8人の「探偵」たちは、二重の意味でのクローズドサークルに閉じ込められる。現実の孤島の館と、VRゲーム内の孤島の館。探偵たちは、物理的な孤島の館に閉じ込められ、そこで、孤島の館を舞台とするVRゲームを行うことを強いられる。物理と仮想という二つの次元で殺人事件が起こり、探偵たちが期限内にその事件を解決できなければ、探偵本人および探偵にとっての「大切な人」が主催者によって殺されてしまう、という設定。ゲームもまた込み入った設定で、8人いる探偵の中に、VRゲーム内の殺人の「犯人役」がいて、現実の次元で実際に人を殺す「実行役」もいる。人狼ゲーム的な構造。
VRゲーム内で殺されたとしても、実際にその人物が死ぬわけではない。それどころか、ゲーム内にゴーストとして登場し、自分を殺した殺人事件を他の探偵たちと一緒に推理する。このレベルではちょっと微笑ましい感じなのだが、このゲーム内の事件を二日以内に誰かが完全に解決しないと、探偵全員が殺される。さらには、推理を披露した探偵が間違った推理をすると、その探偵が「現実」のレベルで「実行役」によってリアルな「孤島の館殺人事件」の被害者にされてしまう。逆に、探偵に事件の真相を見抜かれた場合は「犯人役」の人が現実レベルでの「事件の被害者」となる。探偵たちは、仮想と物理という二つの次元を行き来しつつ、二つの次元で起こる事件を捜査し、解いていかなければならない。そして、その過程でどうしたって「誰か」は死んでしまう。ここで、利己的に振る舞うか、全体として被害を最小限にするように振る舞うかという選択を迫られもする。
『ソード・アート・オンライン』を想起させるような設定だが、それと違うのは、「ソード・アート…」では主催者によってゲームの世界に閉じ込められる(ゲームで死ぬと実際にも死ぬ)のだが、ここでは、リアルと仮想の間を行き来できる(ここが大きなミソだ)のだが、どちらの次元でも「孤島の館」に閉じ込められている。まず、このような設定が面白いというのが一つ、さらに、パズラーとして、非常に稠密に作られているというところが面白いというのが、もう一つ。
しかし、何よりも、この作品を軸として支えている二つの大きなトリックがすごく面白いのだ。トリックそのものが「世界観」を示していて、その「世界観」が面白い。たんなる「意外などんでん返し」というのとは違う、驚きと共に深い納得が訪れるようなものだ。二つ目のトリックが明かされる部分を読んでいる時など、ビオイ=カサーレスの『脱獄計画』を思い出しもした。というか、この作品全体が、『モレルの発明』と『脱獄計画』をどこかで感じされるものだというと、ちょっと言い過ぎだろうか。
(事件が解決された後に、とってつけたように始まる「人間ドラマ」的な部分は、シリーズを維持するための方便なのだと思われるが、これはなくてもいいんじゃないかなあとは思った。)
追記。ここで、物理と仮想という二つの世界の重ね合わせは、加茂(「事件」そのものの解決)と青葉(「この事件(クローズドサークル)」を超えた「世界への影響」についての解明)という、二人の異質な探偵の重ね合わせと、パラレルになり響いている。
追記。本の最初のところに、現実の孤島の館の見取り図と、VR内の孤島の館の見取り図が二つ並べて示されているのだが、これをパッと一見した段階で、この二つの見取り図には何かしらの構造的な類似性というか、何かしらのアルゴリズムによって一方から他方へと変換できるような関係になっているのではないかと直感されたのだけど、それが、具体的にどのような対応関係にあるのかは、二つ目のトリックが明かされるまでわからなかった。それがわかって、おお、まさに『脱獄計画』、と思った。