2025-02-25

⚫︎『燃えつきた地図』(勅使河原宏)。前半は無茶苦茶おもしろかったけど、後半はちょっとだれたかなあ、と。あと、物語の展開(理路というか、構造というか)がけっこう容易に把握できてしまえるので、予想していたような迷宮感がほぼなかったなあ、と。60年代末の東京の風景がたくさん映っているのはとても良い。

要するにハードボイルドなんだよな、と思った。チャンドラーとか、ハメットとか、ああいう形式を用いることで、かなり前衛的で攻めた内容の話でも、なんとなく「観られる(観易い)」ものにできる。でもそれは逆に言うと、どんなに攻めたことをやっていたとしても、ハードボイルドという形式を用いる限り、ああ、ハードボイルドね、ということになってしまうということでもある。

(たとえば、とても乱暴に言えば、蓮實が「小説から遠く離れて」で言っている事は、「お前らそれ全部ハードボイルドじゃねえか」という事だと思う。)

確かに、80年代の小説家がハードボイルドという「語り」の形式を便利に使いすぎたことで、形式自体が陳腐化してしまったということはあるとしても、ただ、『燃えつきた地図』は60年代の小説であり、映画であるのだから、この時期としては先鋭的な試みだったのかもしれないとは思う。

実際、ああ、ハードボイルドだなあと思いつつも、前半はとても充実していて面白かった。勝新太郎主演のハードボイルドだから、それはかっこいいに決まっているということだけど。

(廃車となったバスや大型バンが何台も、転々と放置された荒れ果てた広い原っぱがあり、「主人公・探偵」が「ヤクザ・依頼者の弟」に連れられてそこへやってくると、幾つものドラム缶に煌々と火がたかれていて、暗闇に人々が集っているようだ。実はそれは、廃車となったバスなどの中を改造し、粗末な飲食店や売春宿にして、近くの飯場で働く労働者たちに酒やラーメンや女を提供している空間なのだった。この場面というか、この空間の設定と描出がとにかく素晴らしかった。そこでは、ヤクザが仕切って労働者たちから金をむしり取っているわけだが、たまたま主人公がそこを訪れている時に、怒った労働者たちが集団で蜂起してヤクザたちを襲って、主人公を連れて来たヤクザも労働者たちに殺されてしまうのだが、主人公は命からがら逃げ出す。ここの、空間の設定、描出、その後のアクション、暴動まで、一連の場面には息を呑む素晴らしさだった。)

(勝新太郎渥美清市原悦子の共演で、癖も圧も強い俳優たちのバラけた交わらない色のハレーションに、映画の演出やスタイルが負けていない、というか勝っている、というのはすごいことだ。)

(「同性愛者のヤクザ・依頼人の弟」役の大川修がよくて印象に残った。登場の仕方もとてもいい。)

⚫︎安部公房の小説はまだ読んでいない。文庫版ではない、新潮社の「純文学書き下ろし特別作品」レーベルの単行本(昭和42年9月発行と書いてある)を、学生の頃に近所の古本屋で買って、それからずっと、何度もの引越しを跨いでもなお、本棚の割合目立つところにいつも置かれて、ああ、これ読まないと、と何度も思いつつ、まだ読んでなくて、映画の方を先に観てしまった。