⚫︎(昨日の補足)「憧れの世界」(青木淳悟)には、時々ふっと、唐突なように、あるいは場違いなように「描写(描写的な記述)」が入る。この描写の入り方がとても印象的だった。この魅力的な描写の部分になると、話者でも登場人物でもない、その両者が分岐する以前の、この小説の基底にある識別不能な「語り」の位相が底からむくっと立ち上がってくるようだった。以下、それをいくつか引用する。
《団地前の通りの斜面の照り返しがだいぶ強い。見ているだけで暑いので、もしかしたら誰も見ていないかもしれない。日中に熱せられたアスファルト上には野良猫一匹姿を見せない。住居に特化した人工都市ながら、行動上では日暮れ時でもないと犬も散歩させられないのが実情というべきか ― 団地内の芝生部分はといえば、見慣れた「芝生には入らないでください」の札。まだまだ日差しは衰えず、四時にもなっていないようだ。》(p59)
《ビルが集まっているあたりが駅だろう。なんとなく先ほど通った道路がづづいていく感じがあり、手前側に一本小さな河川の護岸が走っている。手前を見たほうがなぜか高さを感じる。あそこにかかる小さな橋。結構な高さまで登ってきたのだ。
いま横に広がる空は、低いところにいくらか雲が出ていて、下側ほど白っぽく見える。遠くの景色はごく静か。視界の収まる範囲では、空の青みがかる部分に帽子の縁がある。広い景色を前に、体のことを忘れるあの感じ。》(p75)
《はっはと息を切らしながら、狭いところを上っていく。そこはまるで秘境ではないし、人が手を加えた道路にはちがいないが、これこそ日常に生じた裂け目のようなものか。ひっそりとした日の当たらない場所、湿った土のにおい。決して豊かとはいえないが、ここに自然というものがあるといえる。》(p76)
《正面玄関を出た途端に風に吹かれて帽子を押さえる。まだ外は明るいが日差しはだいぶ弱まっている。夕方まで図書館で勉強して、家では好きな読書をして過ごすというのが日常のリズムであったはずだ。その間に挟まった夏の夕方。》(p89)
《雲の切れ間にところどころ青空が見える。塊状の雲が右から左へゆっくりと流れていく。遠くの雲が段々と低くなっていくように見える。晴れた水平線に向かって奥行きを感じさせる空である。雨上がりの空の格別に美しいとき。
丘側に切り込んでいく高い塀に挟まれた小道の坂は、今日はいっそう暗く、やはりだいぶぬかるんでいる様子だ。横手の奥には図書館の勝手口たる鉄ドアがあり、どうにも秘密の場所めいている。三人の足がどこか不安げに土の斜面を踏んで進む。スニーカーの少年少女、一人だけ学校指定用品らしき黒いローファー。》(p101)
《市内の外灯はすでにあちらこちら点灯したようで、家々の窓にも多くの明かりが灯り出す頃、目の前の景色全体が、時間が、少しずつ夜へと向かっていく。しかしこちら側の、人間に属するほうの俗なる日常の時間となると、天空におけるほど悠長な表現を持たないかもしれない。まだこうして残照があって、かろうじて二人の表情が見えているうちに、きっと次の展開があったほうがよい。》(p145)