⚫︎『化け猫あんずちゃん』(久野遥子・山下敦弘)をU-NEXYで。これはとても良かった。紋切り型だけど紋切り型じゃないという絶妙な感じ。
子供が、一夏の冒険と試練で成長するという物語は(そして、黄泉の国から死者を救い出すという物語もまた)古今東西、掃いて捨てるほどある。日本のアニメに限っても山ほどある。そしてぼくはそういうものに、もういい加減うんざりしている。個々の作品としては、決してクオリティが低いものばかりでもなく、それどころか神作画のようなものもあるし、それぞれそれなりに工夫がされているものが多い。しかしそうだとしても、そういう「一夏のイニシエーションものアニメ」はもういいよ、とすっかり飽きてしまっている。この作品もまた、典型的に「そういうもの」なのだが、それでもなお、表現として新鮮だと感じるものが強くあった。
日本のアニメーションには、歴史的に蓄積された非常に高い表現の達成がある。しかしそれは、日本のアニメーションには独特の表現のコードがあり、そのコード内で作品が作られる限り高い表現力をもつということでもあり、その「表現のコード」からなかなかはみ出せないということでもある。要するに皆、なんとなく「同じ匂い」がしてしまう(というか、同じ匂いの中に収まってしまう)。そのような表現のコードからはみ出すものがあるとすれば、作家性の強い、アート寄りの作品ということになるだろう。しかしこの作品は、「日本のアニメの独特の匂い」とは明らかに違った匂いを発しながらも、アート寄りというような強い作家性を匂わすわけでもない。それが、紋切り型なのに唯一無二であるというような感覚だ。
この作品は大雑把には、山下敦弘が実写作品として撮った映像を、久野遥子がロトスコープで絵として描き起こしたということらしい。元々実写として撮られていること、そして、登場人物の「声」も実写撮影の時に演じられた俳優の声がそのまま使われているという、そのような工程が入っていることが、「アニメ的な表現のコード」からの(大きく、ではなく微妙な)逸脱に貢献しているのだと思う。山下演出独自の脱力感のようなものも効いている。
そして何より大きいのが、久野遥子による絵だろう。ぼくは久野遥子は天才的に絵が上手いと思っているのだが、彼女の描く、日本のアニメ的な絵のコードを大きくは逸脱してはいないように見えるが、しかし、それとは根本的に異なる原理で描かれていると思われる絵(と、動かし方)によって、似ているようでいて決定的に違うという感じが生み出されていると思われる。見かけは近いけど、内実は大きく違う、というような。
そして、脚本がいまおかしんじであることも大きいように思う。この話はまさに「死者が返ってくる」映画を繰り返し作り続けている、いまおか的な主題の物語であり(途中で何度か『おじさん天国』を思い出した)、ここに作家としてのいまおか的な独自の質が作用することで、たんなる紋切り型の「黄泉帰り話」とは違った感触が加わっているのではないか。
(母と別れるところが「逆立ち」なのがすごく良かったし、最後に、父と一緒に帰らない、というのもとても良い。あと、謎の妖怪たちの「馴染まないけど仲がいい」感じとか、あの感覚が「アニメ」にはなかなかないのだ。)
(「あんずちゃん」があることによって、「トトロ」や「千と千尋」が古く見えるという感じがある。。)
・Airy Me(久野 遥子)| Airy Me (Yoko KUNO)
https://www.youtube.com/watch?v=7DkPNgpdhZA
⚫︎エンディング曲が佐藤千亜紀だと言うことにもテンションが上がった(そして編曲が高橋海だということにも)。
・佐藤千亜妃 - またたび(Lyric Video)
https://www.youtube.com/watch?v=xwRdMMaS90s
⚫︎このMV観たの何年ぶりだろうか。
・きのこ帝国 - クロノスタシス(MV)