⚫︎YouTubeに、アンゲロプロスの『旅芸人の記録』がアップされていて、日本語字幕とか付いていないので何言っているのか、何やっているのかわからないまま(なんなら、時には音を完全に消した状態で)、あー、やっばアンゲロプロスすげえなあと思いながら、断片的に10分とか20分くらい観るということをちょくちょくやっていたのだが、そうしようとすると、著作権保持者の異議申し立てにより削除されました、となっていて、とうとうそうなったか、まあ、そうだよなあ、と思う。
当然、いつかは削除されるだろうと思っていたし、なんなら思っていたより長く違法にアップされたままだった。
そもそも、ぼくはちゃんと(とても丁寧な)日本語字幕のついたDVDを持っている。だが、わざわざDVDをセットして、あるいは配信でも(そして、映画館でガチで向かい合うようにして)、「さあ観るぞ」と心構えを持って観るのと、YouTubeという気軽な、そもそも長時間集中して観るということに向いていないようなプラットホームで、はじめから、どこから観始めても、どこでやめてもいいという前提で、ふらっと訪れ、しかし、そうであるからこそ発揮されるような集中の仕方で観る、というのは、同じ映像・音声でも体験の質がまったく異なるもので、ガチで映画を作っている人からすると極めて腹立たしいことなのだろうが、アンゲロプロスの一部分をザッピングするみたいにして気軽に観るということは、同じ映像・音声からまた別の可能性を引き出すものでもあって、現在だからこそ可能な稀有な経験だろう。
ただし、そのような稀有な経験と引き換えに、我々は、四時間の映画をひとまとまりとして、がっつり丸ごと受け止めるという「時間」を得ることがとても困難になってしまっている。