2025-08-02

⚫︎『時間衝突』(バリントン・J・ベイリー)。図書館にあったSF小説をなんとなく借りてきて読んだ。面白かった。70年代に書かれた小説なので、作品の根本をなす「大アイデア」のレベルではそこまで驚くべきものとは思えなかったが(この小説から影響を受けたものの方を先に知ってしまっているということだろう)、展開に沿ってちょこちょこ出てくる「小アイデア」がいちいち面白い感じ。

「大アイデア」としては、地球上には順行する時間と逆行する時間という二つの時間の流れがあり、そのそれぞれに住む人々がいるが、その二つの時間はどこかの時点で衝突することが避けられず、そうすると「時間」そのものが対消失し、二つの時間の内部にあるそれぞれの生物も全滅する、というもの。ただこれは、避けようのない運命というか、この小説世界を規定している基本設定であって、物語を駆動する動因というより物語の「背景」としてある。

物語は別のレベルで進行する。地球(の順行する時間にいる側)は、極端に人種差別的で独裁的な政権によって支配されている。主流の人種のみが優遇され、それ以外の「異種」は激しく軽蔑され、排斥されている。ここでは「母なる地球」というイデオロギーが絶対的で、あらゆる事実は(科学も含め)、このイデオロギーに沿うように捻じ曲げられる。そのような体制を支える支配者たちがいて、その体制下で働かざるを得ない科学者がいて、そのような体制の打倒を目論むレジスタンスがいる。このような社会が、まずは(積極的な反体制ではないものの、社会のあり方にはうんざりしている)科学者の視点から語られる。

もう一方で、遠い過去に地球から分派した人類の集団が住むスペースコロニーのような場所がある。ここには、地球よりもずっとずっと進んだ高度な科学とテクノロジーがあり、それに伴い、洗練された多様な文化が実現され、ほとんどすべての人が極めて穏やかに幸福に暮らしている(感情的になることはほとんどなく、冷たいと感じるくらいに理知的である)。ただしこの文明にも根本的な欺瞞があり、生産する人々と消費する人々とが完全に分断され、高度な文明は生産する人々を搾取することで成立している。とはいえ、生産する人々の側も決して迫害されているのではなく、一人一人が十分に幸福であるように配慮され、自分たちこそが生産を担っているという自負・やりがいを持って生きている(自分たちが「生産者側」であることに不満はない)。だからこそ高度に洗練された搾取のシステムなのだが、すべての人が等しく幸福を感じているには違いない。そしてこの社会にも、欺瞞を受け入れられず社会体制の変革を狙う者がいる。

物語の七、八割は、この二つの体制・文明それぞれの描写と対比、そして接触(それは「戦い」に発展する)によって成り立っている。そしてそこに、後者の文明が可能にした「時間」を操る様々なテクノロジーが介在する(この「時間を操る」という部分のアイデアの一つ一つが面白いのだ)。この小説の面白さの大部分もここにあって、しかしこの二つの文明はどちらも「順行する時間」の側にあるので、順行する時間と逆行する時間との「衝突」という大アイデアは、アイデア一発で驚かせると、あとはずっと背景に退いている感じだ。

(時間を「逆行」している側の人々のことは、順行する地球人たちの「鏡像」のように愚かであることが、ちらっと描かれるだけだ。)

二つの体制・文明において、どちらにも、体制に従順な(疑問を持たない)人たち、体制に抵抗し転覆を目論む人たち、そして、従順ではないが抵抗するのでもなく、ただうんざりしているか無関心である「科学者」たち、という大体3種類の人物がいて、それぞれの視点や立ち位置の違いが物語の展開に生かされている。

時間衝突による大壊滅は、時間を順行するでもなく逆行するでもなく「斜めに進む」という超知性的な存在(科学者による、そのような存在へのコンタクト)によって、極めて部分的・限定的にではあるが、回避される。地球上の生物の大部分は消失するが、そのうちのわずかな一部は存続する可能性が(並行世界において)残される。(それなりに伏線は仕掛けられてはいるものの)いきなり出てくる「超知性」による解決(半解決)はちょっとありきたりかなあとは思った。