2025-08-12

⚫︎パンを食べる習慣が、もう20年以上になると思うがずっと途切れていた。菓子パンや調理パンのようなものを食べることはある(とはいえ、けっこう稀なことだ)。喫茶店でサンドイッチを注文することはある(いや、そんなにはないかもしれない)。料理にかけられたソースや、スープを、パンですくって食べることもある(ただし、そいう料理をたべる機会はそんなにない)。でも、食パンにバターを塗ってトーストして食べるという習慣は、長いことなくなっていた。

最初からパンを食べない家に育ったわけではない。大学に入るよりも前、実家での朝食はたいていパン(トースト)だったと思う。だから、一人暮らしをするようになって、徐々にパンを食べる習慣が消滅していったのだと思う。

大きな庭ではないが、実家には、建っている家の周りをぐるっと回れるくらいのスペースの余裕があり、そこにはさまざまな木が生えている。祖父が、この土地に家を建てた時から庭にはみっしりと木が生えていて、今では、ぼくが子供の頃よりは密度は濃くなく、ずいぶん「すいた」感じになったが、それでも、柿や梅や金木犀や金柑や夏みかん枇杷や、そういう、かろうじて何の木かわかるものから、何かわからない謎の木まで色々生えている(庭の面積に対して普通に「過剰」だと思う)。祖父の代からあるものや、おそらく鳥の糞に混じっていた種が知らぬ間に育ってしまったものから、父が植えたものまである。

(いつまでも干上がらない水溜まりが庭の片隅のできて、よく見ると湧き水みたいに僅かに水が湧き出ていたので、調べてみらた庭の木の根が地下で水道管を破損させていたという出来事が、今年あった。)

今年は、庭の梅が例年になく豊作で、今までにないくらいたくさん実がついたようだ。毎年、庭の梅で少量の梅干しと少量の梅酒を作るが、今年は、それらを多めに作っても、さらにまだ梅が採れた。そこで、母が梅ジャムと梅味噌を作った。その梅ジャムを分けてもらった。

ジャムといったら、トーストしたパンにつけるくらいしか思いつかないので、本当に20年ぶりくらいだと思われるが、食パンを買った。長期保存を考えずに砂糖をかなり控えめで作ったジャムは、梅の酸味が効いていてとてもおいしかった。1日に一枚、バターをつけてトーストした食パンに梅ジャムを塗って食べるようになった。とはいえ、手作りの梅ジャムはすぐになくなる。でも、ジャムがなくなったところでパン食も終了とはならなかった。

ジャムがとても美味しくて「惜しい」と思ったので、途中から食パンを半分に切って、片方に梅ジャムで、もう片方にチーズや市販のジャム、はちみつ、あるいはカルディで売っていた「塗って焼いたらクイニーアマン」などをつけて、ジャムが長持ちするようにしていたので、梅ジャムがなくなってからも「もう一方に塗るやつ」が残っていて、そのまま1日一枚食パンを食べる習慣は続いた。すでに「もう一方に塗るやつ」の存在がスーパーの売り場でも気になるようになっていて、買い足すようになり、そして一度失われていたパン食はまだ続いている。