⚫︎母の実家は農家で、とにかく敷地がでかかった。周囲に家がまばらにしかない田舎だったとはいえ。ちょっとした高台のようなところに家が建っていて、軽トラックも置かれている車庫兼農具倉庫の脇にはとにかくやたらでかい木が一本あった。家の建つやや高いところから細い坂道を下ると、道の両側にいくつものビニールハウスが並んでいて、そこまで含めて母の実家の敷地だった。ビニールハウスとビニールハウスの間の細いスペースをどこまでも広がる迷路のようなものに見立てて遊んでいた記憶がある。子供の感覚ではビニールハウス地帯は本当にどこまでも続く感じだった(家の敷地内に「遠く」があるという新鮮な感覚)。ただ、農業は母の兄の代までで、ぼくのいとこの代は継がなかったようで、今ではビニールハウスだった部分の土地は全部売ってしまったということだが。
母は確か七人きょうだいで(若くして亡くなった弟がいるようだが)、毎年正月にはきょうだいが家族を連れて集まる会があった。小学生くらいまで主にお年玉が目的でぼくもそこに参加していた。その時に同じ歳の従兄弟(母の兄の息子)の部屋で『キテレツ大百科』を読ませてもらって、こんな面白い漫画があるのかと衝撃を受けた。『ドラえもん』や『オバQ』の藤子不二雄とは違って、なんというかすごくモダンで先鋭的に感じられた。
母の実家は、途中で新しい家に建て替えられたが、それより前の、古い日本家屋だった時の記憶が、妙な言い方になるが、かなり朧げであるが、それなりの強さを持って残っている(おそらくぼくが小学校低学年くらいまでは古い家だったと思う)。
印象に残っているのは、玄関を入ると、そのまま裏口(勝手口)までまっすぐに土間が続いているという構造だ。その、半ば内で半ば外のような土間の両側に、少し高くなった履き物を置くスペースと、腰をかけられる程度の高さの縁側のような上がり框のようなものがあって、続いて障子があって部屋があった。つまり、家の中心を貫くように半・外があり、土足のままで、玄関から裏口までまっすぐ進める。
この空間は、その後もずっと、何度も何度も夢に見るくらいに印象に残っているのだが、しかし、その夢の空間が母の実家に由来しているのか、古い母の実家が実際にそうなっていたのかについて、自信がだんだんなくなってきた。そもそも、古い日本家屋の一般的な構造として、そのようなものがあるのだろうか。夢が先にあって、それを母の実家の記憶に事後的に貼り付けているのではないか。
実際、母の古い実家の記憶は、それ以外には、家の外周を、縁側のような、片側を外に面した廊下がぐるっと回っていて、その長い長い廊下で、走っては止まり、靴下を履いた足をスーッと滑らせて遊んでいた記憶があるくらいだ。
⚫︎そしてたまたま「階段箪笥」というワードで検索していて行き当たったWebページに、「あ、これだ」という写真を見つけた。下の写真は、このWebページからスクショしたのも。

しかし、「あ、これだ」と一瞬思ったものの、よく見ると違った。上の写真の位置から反対向きに撮ったのが下の写真で、玄関はすぐ先で板の間になって、土間が裏口まで続いてはいない。
ということで、がっかりしたが、さらに、図面を見てみると、ここで「玄関ホール」となっている板の間は、現代的な様式に合わせて後から作ったもののように見えて、元は、裏口まで続く土間だったのではないかとも思える。


⚫︎調べてたら(といっても、Googleで検索してみただけだが)「通り土間」という様式があるようだ。ただし、「通り土間」というワードで検索して出てくる写真は、京都にある町屋みたいな感じの作りが多くて、記憶にあるのとはちょっとニュアンスが違う。