⚫︎最近、YouTubeを観ていると、水野美術館という美術館のチャンネルで、おそらく学芸員だと思われる女性が、川端龍子について語っていると思われる動画のサムネイルが(動画を観てはいないので「思われる」だが)、すごく頻繁に表示されるようになった。動画は一つではなく何種類もあるようで、同じチャンネルの、同じ女性が写っている、川端龍子推しをしているらしい、似ているが微妙に違ういくつかのサムネイルが、繰り返し何度も表示されるようになった。
あまりに頻繁なので、「またか」と思いながら、おそらく近いうちにその美術館で川端龍子の展覧会があるのだろう、そのPRとして学芸員が動画を作っているのだろうと思って、大して気にもせず、目の端っこに引っかかるサムネイルを、心の端っこで認識しつつ特に気にかけるでもなくスルーしていた。しかしある時ふと、そのサムネイルの下に「5年前」と表示されているのに気がついた。え、展覧会もう終わってんじゃん、しかも、何年も前に。
なぜ、もう何年も前に終わっている展覧会のPR動画が、他の時ならぬ「いま」、ぼくの目の前に表示されるようになったのか。しかも、一度や二度ではなく、かなりの頻度でしつこく。このアナクロニックの、その由来、その理由がまったくわからない。
一応、美術をやっているので、川端龍子という名前は知っている。しかし、過去に、川端龍子について特に深く興味を持ったことはないし、最近、その名前を検索したり、この日記や、そのほかSNSなどに川端龍子についての何かを投稿したということもない。なぜ「いま」、なぜ「川端龍子」 ?。
(何かを調べ物をしたり、特定の傾向の動画をいくつか続けて観たりすると、YouTubeはすかさずそれを反映してくるので、ウェブ上での行動はすべて監視されているのだなと、いつも思うのだが。)
人の記憶や想起でも、なぜ、いま、それを思い出したのかわからない不可解な事柄を、いきなりふと、しかもかなり強烈に、思い出すことがある。それと同じようなことが起こっているのだろうか。確かに、何ヶ月も前に検索したことと関連した動画が、数ヶ月後に唐突に遅れて表示されたりすることは、YouTubeではよくある。YouTubeのアルゴリズムも、複雑になりすぎて、人間の無意識のようになっているのだろうか、ということを思ったのだった。
(水野美術館は長野市にあり、エリンギやブナシメジで有名な、キノコを生産するあの「ホクト」が作った美術館であるという、新たな情報を得た。)