2025-09-18

⚫︎近所にある市立図書館の分館は頻繁に(週二回くらい)利用するが、ほぼ、カウンターで本を返却して、カウンターでネットで予約していた本を受け取るだけで、書棚の方までなかなか行かないが、たまに、気まぐれで書棚をみて回る。ひさびさに書棚をみたら本の配置が変わっていた。これまでは同じ「小説」でも、単行本と、ノベルズと言われるような新書版の本とは分けられていて、それぞれ別の場所に置かれていたのが、現代日本語の小説が全部一括りで、作家の五十音順に並べ直してあって、これまでノベルズが置かれていた場所には文庫が置かれていた。

たんに配置が変わっただけで中身が大きく変わってはないようだが、なんとなく新鮮な感じで見ていた。ちょっと前に津村記久子の『水車小屋のネネ』を読みたいと思ったことがあって、しかしふと思っただけでネットで買ってもいなかったし図書館で予約もしていなかった。書棚を見ているときにそれを思い出して、あるかなと探したらあった(二冊並んでいた)。棚から出して本をパラパラ見ていると、津村記久子の本が並んでいるすぐ左に「辻村深月」という著者名の本が並んであった。

ああ、すごくちょくちょく名前を目にする、有名な人気作家だ、と思った。読書系YouTuberとかにもよく取り上げられている(のを、よく見ているような気がする)。ただ、ぼくはまったく読んだことがないし、どんな作家かも知らない。そう思いながら背表紙を眺めていると『かがみの孤城』というタイトルの本が目に引っかかり「あ、なんかこのタイトル、(おそらくYouTubeで)やたら見かける気がする」と思った。意識的に気にしたことがないにもかかわらず、なぜかこのタイトルを知っているとしか思えないという風にして思い出される何か。知らないけど知っているという感じ。本を引き出してみると、装丁も明らかに見たことがある(知っている)気がする。

そこで、超有名な人気作家だけど自分としてはこれまでまったく未知だった作家の、超有名作だけどどんな話なのかまったく知らない小説、という括りで、もう一冊選んで二冊借りて帰ろうと思った(すでにたくさん借りているので、あと二冊しか借りられないという状況だった)。この時点で『水車小屋のネネ』はまた今度の機会に、ということになる。

文庫にはだいたい「あらすじ」がついているが、単行本には「あらすじ」も書かれていない場合が多いので(「帯」に書かれている場合が多いのだろうが図書館なので「帯」はない)、どんな話なのかよくわからないままで選ぶことができる。しばらく書棚をぐるぐる回って、恩田陸の『三月は深き紅の淵を』を借りて帰ることにした。この表紙もすごく「見たことがある」感がある。

(もしかすると恩田陸は随分昔に一、二冊くらい読んだことがあるかもしれない危険があると後から思ったのだが、読んだとしてもほぼ忘れているのでよしとする。)

⚫︎その前に、久々に村上春樹を読んでみようかという気になって、『騎士団長殺し(上)』を手にしてパラパラ見ていたら、《「その答えはイエスでありノーである」》というセリフが書かれているのが目に入って、読む気がすっと失せてしまった。

(目の前にリアル書棚があると、このような「気まぐれ」を発動することができる。とはいえ、読みたい・読むべき本やテキストが他にたくさん溜まっているので、読むかどうかはわからない。)

(追記。この日記を書き終わってから、二冊の本をタイトルで検索してみたら、『かがみの孤城』はアニメ化されていると知った。ああ、そうか、ならばきっとU-NEXTのサムネイルで見たのだ。だからタイトルに覚えがあったのか。そういうんじゃないつもりだったんだが、失敗した、別の作品に目が引っ掛かれば良かったのに、と思ってしまった。「無意識」がもっと面白い感じで作動したのかと思ったのに。)