⚫︎今、一番気になっている映画はオダギリジョー監督の新作。これを観るために、予習としてテレビシリーズと前監督作を観ておくべきか、あるいは、それらは映画を観た後で観る方がいいのか。調べたら、一応、地元のシネコンでも上映されているが、上映回数がとても少ない。
⚫︎『ムラサキのおクスリ 龍村景一短編集』。『ツッパリ探偵怪人メルヘン心中』が素晴らしかったので、その前の本(といいうことでいいのだろうか)を読んでみた。意外にも、シンプルでストレートな作品が多くて、「ツッパリ…」収録作みたいに、イメージのカテゴリーエラーが常態化しているかのような複雑な組成によって作品世界が成り立っている作品は、重複掲載されている「ツッパリヤンキー地獄録」くらいだと言っていいと思う。
(やはり、ぼくには「ツッパリヤンキー…」が特に面白い。)
それも、政治的・社会派的なメッセージを明確に強く押し出している作品(「おクスリの時間です」「異世界入管―転生したら人間だった件―」)が多いのにも驚いた。なかでも「異世界入管」は、シンプルでガチな社会派作品として普通に優れた作品だと思った。
「おクスリの時間です」にある、人間と平面性の強い猫のキャラクターとが同一空間に並立する表象空間の歪み、や、「ゾンビだって恋が屍体 ! 」の、ゾンビ少女と彼女のイマジナリーフレンドのようなハエのキャラクターというペアが成立する(他から切り離された)世界・空間の立ち上がり、表現の仕方、などの要素がピックアップされて、より複雑化されることで、「ツッパリ…」収録作品たちのような「イメージのカテゴリーエラー空間」的な作品世界へ発展していったのだろうか。
これはこれで面白いが、「ツッパリ…」の方を先に見てしまうとどうしても「あっさりしてるな」という感じにはなる。でもそれは、ここから「ツッパリ…」の作品群へと一挙にジャンプしたということで、それがすごいと思った。