2025-10-02

⚫︎U-NEXTで、『オリバーな犬(Gosh !! )このヤロウ』のファーストシーズン3話分を観た。これは普通にすごく面白い。このドラマが好きな人が、この感じを期待して映画を観にいったとしたら、「思ってたのと違う…」となるのは仕方ない。でも、同じことをもう一度映画で繰り返すのは嫌だったのだろうな、と思う。

(映画でも思ったが、スプリットスクリーンの使い方が鮮やかだ。)

あからさまなデヴィッド・リンチの引用(袋詰めの美しい死体、ちっちゃい夫婦、切り落とされた耳、意味不明な黒幕…)が多くあることまで含めて、これは明らかな『熱海の捜査官』の(そしてもちろん『時効警察』の)延長戦であり、拡大版だと言っていいのではないか。オダギリジョーはホントにこういうのが好きなのだなと思った。

(マイナーな深夜ドラマ的なテイストを、細野晴臣まで引っ張り出してオールスター級のキャスティングでやる。とはいえ、國村隼松重豊麻生久美子も、ゼロ年代にはまだ、マイナーな映画に出ている「知る人ぞ知る」存在だった。)

キャラクターの「異化」のあり方というか、「異化」によってキャラクターを成り立たせるような作品のあり方が、90年代からゼロ年代的な感覚(北野武、あるいは90年代の黒沢清的な感じ)で、今っぽくはないし、ある意味センスがちょっと古めとも言える。ただし、それをただ「あの頃のように」反復しているわけではなく、さまざまな工夫をして新たなものとして展開させていると思う。

(ここで「異化と言っているのは、オリバーが犬であり「人=おっさん」でもあるというようなことではなく、例えば、半グレのボスを演じる永山瑛太が、我々が普通にイメージする「半グレのボス」像とは違って「甲高い声で喋る」というようなこと。90年代の北野武黒沢清が多用した「キャスティングの意外性」なども同じで、「紋切り化型からの偏差」によってキャラを立てるというやり方のことを指す。ヤクザの親分の松重豊がおしゃれなセーターを着ている(反面、他の組員はいかにもヤクザっぽいという対比がある)とか、そういう細部がいっぱい組み込まれている。紋切り型からの偏差は、「紋切り型」を前提とすることで成り立っているわけだが。)

⚫︎「可愛い犬の中身は昭和的なおっさん」というオリバーの設定に違和感を持つ人はいるかもしれない。池松壮亮が常に横にいて、オリバー(オダギリジョー)のおっさん的言動にその都度突っ込んだり、呆れたりすることがエクスキューズ(=笑い)となって、「オリバー=おっさん」像がギリ許されてしまうみたいな感じを出すのはどうなのか、と。そこに「おっさんの居直り」的な感じを持つかもしれない。作品全体として「フェミニズムを通ってない」感があるのは否めない。ただ、ぼくはそこを取り立てて批判するほどではないと思うが(それはぼくがおっさんだからかもしれないが)。

(これは「ああ、こういうしょうがねえおっさんいるよな」という「しょうがねえ」という諦めを含んだ批評(=笑い)だと思うのだが、ここに「しょうがねえ(笑い)」という形でいわば「半肯定」を挟むことに同意しかねる人もいるだろう。)

(だがこれは、「異化=紋切り型からの偏差」で成り立っている作品の真ん中に「紋切り型のおっさん(葉巻にブランデーグラスに銀のネックレスに日焼けた顔…)」がいる、という面白さでもある。)

(そして同時に、人は常に「見かけ(かわいい、純粋そう、かっこいい、うつくしい)」に騙される、という批評もここにはある。我々はしばしば、「(見かけから)純粋だと信じたい対象」に対して勝手に「純粋さ(純粋キャラ)」を押し付ける。そこに異和を挟んでいく。)

⚫︎追記。11年前に行方不明になった少女の死体が発見された(彼女は発見される数日前までは生きていた)という「謎」と、ヤクザと半グレの抗争というクライマックスを構成するストーリーの本線とが噛み合っていないという不思議な構造の話で、「謎」はまったく手付かずのままでファーストシーズンは終わる。「謎」がほっぽり出されたまま、別の方向に話が進んでいくというところが『ツインピークス』っぽいといえばいえる

女性を殺害した凶器だと思われる銃からヤクザの若い組員の指紋が検出された、というところまでは「謎」に関連した展開だが、途中からヤクザと半グレの抗争に話が逸れていき、しかもその抗争の原因は半グレの側の勘違いでしかなく(オリバーの活躍 ? によって半グレの経営する店が摘発されたのに、それを麻薬利権を欲しがったヤクザのタレコミのせいだと勘違いする)、そして半グレはさらに勘違いして、ヤクザの親分の愛人だと思って警察犬チームの警察官を誘拐してしまう。勘違いに次ぐ勘違いよって話がどんどん「謎」から逸れていく。改めて考えるとかなりバランスの悪い話なのだが、ドラマの中心にあるのが、事件を捜査している(謎を直接追求する)グループ(刑事やライター)ではなく、あくまで「捜査の一部に協力する」存在でしかない警察犬チームであり、彼らの日々なので、逸脱感やバランスの悪い感じはそんなに目立たない。

そもそも彼らが最初に追っていたのは特殊詐欺の事件であって(この事件が半グレたちに繋がっていく)、女性の死体が発見された事件にかんしては野次馬的な部外者でしかなかった。オリバーが「エロいフェロモン」に誘われて銃と耳を発見してしまったことで、女性の事件と繋がっただけだ。それと、元警察犬チームにいたというライターが11年前からずっと少女失踪事件を追っているという過去からの経緯もそこに重なる。そのように、様々な出来事がとっ散らかった感じで起きており、それらが繋がったり、繋がらなかったりするという中で、最も大きい「謎」が、女性の死体が発見された事件で、同時に、この大きな「謎」が、様々なとっ散らかった出来事を収斂させるキーになりそうだという予感がある、ということだろう。

とはいえ、大きな謎である「少女失踪=女性の死体発見」の事件とはほとんど関係がないように思える半グレグループが、作品が進んでいく中でどんどん存在感を増していくという展開は、変といえばかなり変ではある。とりあえずファーストシーズンのクライマックスとして、ヤクザと半グレの抗争という展開に持っていきたかったのだろうから、かなり強引な話の進め方だが、それとは別に、半グレたちを描写しているうちにだんだんそれが楽しくなってしまって、彼らの登場シーンが増えていったようにも見えて(もちろん、脚本が事前にあるはずだからそんなことはないのだが)、そう見えるくらいに彼らの描写は面白く、魅力的ではある。

(ここまで書いてきて気づいたのだが、一方に警察犬チームの「現在」があって、これが特殊詐欺事件から半グレグループに繋がっていて、もう一方に、警察犬チームの「過去(麻生久美子の元上司で引退した永瀬正敏)」があって、これが少女失踪事件からヤクザへと繋がっていく。この2本の線が初めからあって、最後にぶつかるのだと考えれば、そこまでバランスが悪くはないのか。とはいえ、佐藤浩市橋爪功など、背景で蠢く怪しい謎の人々はどれも、後者の失踪事件の方にかかわっている感じなので、やはり半グレの方の線はバランスを欠いて軽いとは言える。ファーストシーズンが前者の半グレの話で、セカンドシーズンが後者の失踪事件の話というように分けてあるのだろうか。)